mitei ありのままのきみを | ナノ


▼ 3

サークルの飲み会、宮原は絶対俺の隣か向かいに座る。宮原がいるところ女の子ありなので、当然俺の周りも女の子が集まる。まぁほとんど宮原目当てなんだけど。

「宮原くんて、彼女とかいないのー?」
「ねー!聞きたい!ホントはいるんでしょ?」

今日は別のサークルも合同で参加してるらしいから、やけに人数多いな。
というか、女の子が多い。合コンというわけじゃないが、大方宮原目当ての女子たちが企画したんだろうか。話題も当然、宮原の恋愛事情についてだ。

「いるよ?ここに」

「えーっ?!だれだれ?抜け駆け?!」

女の子たちがきゃあきゃあ騒ぎ出したが、僅かな殺気も混じり出した気がした。
怖いよ。何気に牽制しあってるよ。

「ねー?しゅーうーくんっ」

宮原がいたずらっぽく笑って俺にウィンクした。今の状況で俺に振るんじゃねぇ。
女子たちの鋭い目線が一斉にこちらに向かう。だから怖いってば。

「俺じゃないぞ」

スパッと言い切ったのにも関わらず。

「なーんだやっぱり秀くんかぁ」
「秀くんじゃあ仕方ないね」

所構わず繰り広げられる宮原の俺への愛の告白は大学内でも有名だ。やっぱり冗談だと思っている女子たちは大袈裟な仕草で落胆を示した。

「秀くんてば照れちゃってかーわいい。言っとくけど秀くんは俺のだからねっ。」

俺はいつお前のものになったんだ。
こいつのことだから冗談かもしれないけど、ほんとに分からない…。
というかそもそも本気だったとして、俺は一体どうすればいいんだ。
こういう経験がほとんどないから誰か教えて欲しい…。

「だから…あー、もう」

困り果ててため息を吐く。
はぁ、と頭を抱えて俯いていた俺は、熱を帯びた宮原の眼差しに気づいていなかった。

「なぁ、宮原ってさ、本当にその、」

「なぁにー?秀くん?」

飲み会の帰り道、次は2次会に向かうという面々と離れ、明日も1限から授業がある俺は足早に帰路についた。ひとりでさっさと帰ろうと思っていたのだが、送っていくなどと言って宮原がついてきたのだ。
うるせぇひとりで帰れる。女扱いすんなっての。そう言ってやろうかと思ったが、折角の機会だからずっと疑問に思っていたことをちゃんと聞いてみることにした。

「お前、さ。本当に俺のこと、好きなのか?」

「何度も言ってるのにまだ足りないんだ?秀くんてば欲しがりさんだなぁ」

「そうじゃない。ちゃんと答えろ。俺はずっと冗談だと思ってたけど、いくらなんでも度が過ぎてるだろ」

「怒った顔もかーわいいっ」

宮原がいたずらっぽく笑って俺の目の前に躍り出る。暗い夜道じゃ表情もはっきり見えないけれど、それはいつも通りのからかったような顔に見えた。

「おまッ!人が真剣に話してんのに!もういいよ。…やっぱ聞くんじゃなかった」

やっぱりこいつからまともな返答は期待すべきでなかった。俺はもうさっさと帰るために歩調を早め、宮原の横を通り過ぎようとした。

「好きだよ。ずっと。」

追い越す瞬間、低い声で囁かれた。
ピタッと足が止まる。
振り返ると、宮原が真剣な顔をして詰め寄ってきた。何か、いつもと違う…気がする。
何か、怖い。

「それっ、て…」

「ずぅーっと、かわいいなぁと思ってたよ?秀ちゃんのこと。初めて会った時からずぅっと。
秀ちゃん、ホントは人が苦手でしょ?」

ドキッとした。確かに、俺は大勢で騒いだりするのが好きな方ではない。だけどひとりが好きなわけでもない。
ひとりではいられないから、集団の輪には入りたがる。ノリを悪くして一緒にいる人たちに気を使わせたくもないから、皆に合わせてただけだ。
そんなにぎこちなかっただろうか。
上手くやれてなかった?見抜かれてた…?
何で、どこが、でもそんなこと今まで一度だって、誰にも言われなかったのに…?

混乱する俺を余所に、楽しそうに宮原は続ける。

「秀ちゃんがさぁ?コミュニケーション苦手なのに一生懸命周りに合わせようとか盛り上げようとしてる姿がもう愛おしくってさぁ」

いたたまれない。本格的に帰りたくなってきた。

「でー、俺、思ったんだよねぇ。あぁこの子には俺がいなくちゃ駄目なんだーって」

ん?え、何で?
本人の中では当たり前に成立してるであろう式の、そのイコールが結び付かないぞ。
何でお前がいなくちゃ駄目なんだ。

困惑する俺などお構い無しに、更に宮原は続ける。

「秀ちゃんて、いっつも輪の中心にいるよね。でも、本当の秀ちゃんはそんなんじゃないでしょ?大丈夫、俺ちゃーんと知ってるよ。本当のきみは、コミュニケーションが苦手で、周りに集まってくる奴らを煩わしいと思ってるけど、優しいから邪険に出来ないんだ。飲み会のときもよく俺に助けを求めてくるよね?怯えたようなその眼差しがすっごく可愛くってさぁ。もう新歓のときから一目惚れだよ?この子は俺が助けてあげなくちゃって思ったの。だって本当はひとりじゃ何にも出来ないでしょ?だから俺が助け船出してあげるの。そんな甘えたような目でじっと見てさぁ、強がりのくせに本当は甘えん坊で、…」

え?え?えぇ?ちょっと待って。
理解が追い付かない。一体誰のことを言ってるんだ、こいつ。ところどころ当てはまってるような、そうじゃないような。
宮原からすると俺はこう見えてるってことか?それにしてはあまりに妄想が入り混じっている、気がする…。

「秀ちゃんはお姫様なんだよ。」

ん?んん??

「高い塔の上で助けを待ってるお姫様なんだ。それで、俺が王子様。自分で登ったのに降りられなくなっちゃったドジでかわいそうなお姫様を俺が助けてあげるの」

あ、駄目だ。俺は何となく悟った。
これは…深く聞いてはいけない問題だったみたいだ。
もうツッコミが追い付かない…。

「俺はそんな秀ちゃんが、愛しくて愛しくてたまらない。だぁーいすきだよ?もう安心していいからね。邪魔な奴は皆俺が追い払ったげる。コミュニケーション苦手ならもう話さなくてもいいよ。俺が代わりにやったげるからさ。あぁでも、皆の前であんな物欲しげな顔で見るのやめてね。俺も我慢できなくなっちゃうから」

駄目だ。何言ってんのかもはや分からない。というか、分かりたくない。
こいつは勝手に謎の「理想の秀ちゃん」像を作り上げている。
物欲しげな顔ってなんだ。甘えた?俺がこいつに?いつの話なんだ。
というか誰だよそれ。少なくとも、俺は知らない。

「ていうか、今がちょうどいいか。今日はあの根暗イケメンくんも居ないし、やっと二人きりだしね」

がしっと右手首を掴まれる。
え、何、何なの。

「もう結構遅いし、終電とかもギリギリでしょ?俺の家泊まりなよ。結構近いからさ」

今の話を聞いていて誰がこいつの家に泊まったりするだろうか。
はっきりいって早くこの場から立ち去りたい。可及的速やかに。

「えっと、俺、明日早いし」

俺を逃がすまいと、宮原はがっしり手を掴んで離さない。これでも結構抵抗してるのに、本当何なんだこいつ。

「俺ん家の方が大学から近いよ?」

「レ、レポートとかやらなきゃだし」

「パソコン、貸したげるよ?」

「でもあの、ほら、えっと、」

「じゃ、行こっか?秀ちゃん」

イエス以外の返答など求めてはいないらしい。ギリッと音がしそうなほど、強く手首を握られる。痛い。何だ、これ。

「今度こそちゃんと、俺のものにしてあげるよ」

なんだこれ…だれだ、こいつ…

目の前にいる男は、本当に俺の知ってる宮原なのか。これが、本当の宮原、なのか…?
俺を掴む手は力強く、とても外れそうにない。俺だって一応運動部だったのに、おかしい。
楽しそうに弧を描く宮原の目は、俺を見ているようで、見ていなかった。

こいつは、一体誰を見てるんだろう。
誰のことを好きだと言ったんだろう。
少なくとも、俺じゃない。こいつが見ているのは、俺じゃない…。

「秀ちゃんどうしたの?早く帰ろうよ」

「いや、あの…まっ、」

上手く声が出なかった。多分、怖いと感じた。その感覚すらもよく分からないくらい、俺は混乱していたのだ。
目の前の人物は俺と同じ言葉を話しているはずなのに、まるで言葉が通じない気がした。
有無を言わさぬように、笑顔のままで宮原がギリギリと手の力を強める。
掴まれた手が、痛い。
背中から嫌な汗が出てきた。

たすけてほしい、だれか…

だれか、と言っておきながらも、一番に思い浮かぶのは…

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