ANOTHER's story

∴ 01


灰色の雲に覆われた空から、絶え間なく粉雪が舞い落ちる。


「うわぁ、雪だぁ・・・」


冷たい空気に触れる頬が、あっという間に冷たくなった。
吸い込む空気は肺が痛いくらい尖っているけれど、心が凛と立ち上がる。
空に向かって手を伸ばして、はらはら、はらはらと、一点から落ちてくるように見えるたくさんの雪を掴もうとするのに、手は空虚を掴むばかりだった。


「何だかチカちゃんみたい」


いつも傍に居てくれるのに、私の手の中には居ないアナタ。
捉えられない私は、アナタに比べてずっと子どもで。
掌を開いて食い入るように眺めても、痕跡すらないそこは、空っぽだった。

欲しいのは、アナタ。
子ども扱いはもう、嫌だよ?チカちゃん

見上げたお隣の家の2階の窓。
そこに住むは、皆に恐れられる男、長曽我部元親。
こんな雪の景色が似合う、銀色の髪を持った、隻眼の男。
そして――――私の、愛しい人。

私は、上を見上げるのを止めて、お隣の門柱にあるインターフォンを押した。

私は今日、大人になるから、アナタに会いに来ました。

そう言おう。
きっと大人と認めさせるから。


「はい、どちらさん?」


「あ、チカちゃん?私――――」



成人式前夜。
明日の式のために久しぶりに大学進学や就職のために散っていた者が、地元に帰って来ることになり、同窓会が一足先に開かれた。

メンバーは、高校時代最後のクラスの仲間で、懐かしい顔も、久しぶりにある。
たった数年なのに、ぐっとみんなが大人びて、もう知っている頃の顔じゃなかったのを寂しく思うと同時に、月日の流れを感じずにはいられなかった。


「千雪ー、ひっさしぶりじゃん!元気してる?」


同窓会の会場は地元の居酒屋。
その暖簾をくぐった途端に掛けられる声。
声の先を見ると、仲良しだった更がテーブルから手を振っていた。


「更!久しぶり、うわ〜、嬉しい。他県へ嫁に行っちゃうから、寂しかったんだよー」


「私も、誰も知らないとこだから、寂しくて仕方なかったよ。お姑さんは要らないのに居るし?」


私は駆け寄って、思わず更に抱きついた。
学生時代と変わらず、更は毒舌を披露して、それに二人でクスクス笑う。
一瞬で時が戻されたように、あの頃と変わらない気持ちが蘇る。


「千雪は大学、行ったんだよね?どう、楽しい?」


「うん、まぁまぁかな。新しい友達も出来たし、それなりに楽しんでる」


「あー、羨ましいぃ〜!私も進学したかったなぁ」


「何言ってるの、結婚して、子どもまで生まれて。幸せですって感じじゃない。
私なんて、彼氏も居ないのに〜」


「子どもは可愛いし、旦那は優しくて好きだけど、お姑さんがねー・・・面倒くさいのよ」


そう言って眉を下げる更の顔は、もう立派な妻の顔で、自分が子どもなんだと感じた。



「そろそろ同窓会、始めまーーーす!」


幹事をやっている当時の学級委員長が、この集りの乾杯の号令を取り始める。
私は更との会話を一時中断して、席に座って、既に置かれているオレンジジュースらしきドリンクのコップを持った。
見渡せば、皆、同じコップを持っている。
乾杯用に置かれた飲み物らしい。


「それでは、かんぱぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ!!」


大きな乾杯の音頭と共に、小気味良いグラスのぶつかり合う音が響き、一気に飲まれる。
私は更と乾杯を交わし、中身を一口含んだ。


「あれ?これオレンジジュースだよね?何か、変な味する」


「千雪、何言ってるの。これはカシスオレンジで、お酒じゃない」


「え?お酒なの??オレンジジュースにしか見えなかった、でも、これなら飲めそう」


「飲んじゃえ飲んじゃえ!」


「んー、でも誕生日明日なんだよね・・・私、まだ未成年・・・」


「相変わらず固いわね、あんた」


肩を竦める更を見て、すごく葛藤しながら、結局飲むことにした。
あと数時間もしたら、私もどうせ飲めるのだから。




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