∴ 01 ― side I’g ― 私はただ、大きな背を追って走り続ければ良かった。 全ての自分を没し、秀吉様のみ信じて生きて行けば良かった。 そんな日々は唐突に破られた。 それも、朋と思っていた男の裏切りによって。 まさか、まさかまさかまさか・・・・・・。 何もかもが初めは信じられなかった。 放心し、それでも零れ落ちて行く安穏の日々を零すまいとしながらも叶わず、憎しみだけが心を占めた。 絆、絆と煩かった彼奴が、ひとつの裏切りで私の絆を次々と奪っていく矛盾。 どうにも許せない、そう心が血を吐きながら叫び散らす。 私の心はこの時壊れたのかもしれない。 誰かがこそこそと噂するように、壊れたと言うのなら。 私にはどうかは分からない。 ただ、あの男を討つことだけが生きる全てとなった。 天下も、繁栄も、何もかもどうでも良くなった。 「三成、主は徳川を討った後のことを考えたことはあるのか?」 「何を寝惚けたことを言っておるのだ。そのようなこと、全て為し得た後で考えれば良いこと!今考えることではないわッ!」 あれはいつだったか・・・、突然刑部が私に常ならぬことを訊ねてきた。 それを私は一蹴したが、あれはこの結末を予感して、自身の未来を切り拓くよう諭すためのものだったか。 「刑部・・・嘘だ・・・!目を開けろ!!死ぬことは許さないッ!私を一人にすると言うのか!?」 目の前で私を庇って倒れる刑部の姿が、嫌にゆっくりと流れた。 どさりと重い音がして、刑部の身体が地面に叩きつけられた。 弾かれるように硬直していた身体が金縛りから解け、刑部に駆け寄った。 こんなことは考えたことも無かった。 私からこれ以上何かを奪われることなど。 何も無いと思っていた。 私に残されたものは、もう憎しみの心以外に何も。 違うと知ったのは失ってからなど、なんて愚かで、惨めな話なのか。 「やれ・・・、みつな、り・・・」 「刑部・・・!」 微かに目を開いた刑部の意識を途切れさせないように、刑部が持ち上げた手を取った。 「生きろ!でなければ、また私を置き去りにするのか・・・!刑部!お前も!!」 眦を上げて、怒りを悲しみをぶつける。 分かっている。 刑部の傷がもう助からないほどに深いことなど。 本来なら優しく看取るものだろう。 でも私には出来なかった。 失いたくなかった。 「み・・・なり、我は主と出会い、過ごせ・・・ま、こと楽しかったぞ・・・」 「そのような・・・!」 口の端からごぽごぽと血を吐き出しながら刑部は言葉を紡いだ。 「主のためなら、我は・・・ヒヒ・・・ヒ、我らしくない考えよ、カンガエ」 そう言った途端、刑部は激しく咳き込んだ。 血が刑部の顔を染める。 「刑部・・・お前は私の・・・私の、たった一人の、朋・・・」 私は刑部の言わなかった言葉を、口に乗せた。 私の言葉を聞き、刑部は満足げに笑んだ。 普段捻くれた物言いと態度のこの朋が、素直に喜びを表した。 それに泣きそうになる。 もう最期なのだと、実感するしかなかった。 「刑部が居たから私はここまで来れたのだ。感謝する」 「そうか、そうか・・・」 「ゆっくり眠れ。私もすぐにそちらに往く」 「やれ、そう急かずとも良いわ。主はゆるりと来るが良い。三成の居ない間に望むようにしておいてやるでな」 「そうか・・・、済まない」 そう言って握った手に力を少し込めた。 「我は疲れた。少し、眠るとする・・・」 そう言って刑部はふぅと息を吐いた。 それきりだった。 それきり、二度と目は開かれず、身体から温もりが急速に奪われて行った。 「刑部・・・!刑部ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」 いつの間にか降り出した雨が、私たちの身体を濡らした。 仰いだ天はどんよりと灰色の分厚い雲に覆われて、何一つ見通せなかった。 もう私には本当に何も残されていない。 あるのはこの身と剣と、そして恨みだけだ。 私はゆらりと立ち上がった。 あの男を討つために。 ただ、それだけを果たすため、私は残酷なこの物語をまた進みだした。 向かう先は昏い昏い果てなき常闇の・・・・・・。 |