ANOTHER's story

∴ 01


私の好きな人はツンデレで照れ屋だ。

彼の名前は石田三成。
常に怒っているようなそんな態度で誤解されやすいけれど、とてもまっすぐで何事にも一生懸命な人だ。

私は彼のそんな所を魅力的だと思うし、それに石田さんは人が噂するほど冷たい人でも、困った人でもない。
だって彼は、誰もが嫌厭して近づこうとしなかったことも、まるで何でもないことのように助けてくれたから。


出会いは最悪だと言って良いだろう。
さっきも言ったように、私が彼に初めて近付けたのは、彼が私を助けてくれた時だけれど、その時私は最高に最悪なコンディションだった。

毎月、重い生理痛に悩まされている私は、その日腹痛に加えて吐き気まで催していた。
立っているのも辛くなって、薬を貰いがてら医務室で休もうと移動している時に、大きな腹痛の波が来て、思わず廊下に座り込んだ。

その時俯いていたからなのか、胃の中のものがグッと迫上がってしまった。
しかし、廊下で吐くわけにもいかず、往生しているところに通りかかったのが石田さんだった。


「おい、どうした?具合でも・・・悪いのか?」


石田さんは蹲っている私を見つけ、そう声を掛けてくれた。
それまで、何人もの人が通りかかっているというのに、誰もが仕事でいっぱいいっぱいのわが社の人間は、誰ひとり他人に気を掛ける人なんて居なくて、そうやって問い掛けてくれたのは石田さんが初めてだった。


「あ・・・大丈夫・・・です、から」


迫り上げる吐き気を我慢しながら笑顔を取り繕って答えると、石田さんの顔つきが変わった。


「な・・・っ、馬鹿なことを言うな。顔が真っ青だぞ!?具合が悪いなら悪いと、何故正直に言わない!」


「や・・・でも、」


私は同じ会社の人間。
内情はよく分かっている。
こんなことに時間を取らせてしまっては、相手の迷惑になるだけだ。


「ほら、医務室に行くぞ!」


有無を言わせない雰囲気で、石田さんが私に付き添おうと立つのに手を貸してくれるものの、強い吐き気に襲われ、立つことすらままならなかった。


「ごめんなさ・・・、気持ち、わる・・・っ」


「―――!すまない、気が付かなかった。ほら、吐きたいならここに吐け。私が連れて行くから」


そう言って石田さんはスーツの上着を脱ぐと、そこに吐けと私に手渡した。
びっくりして受け取ってしまった上着を返そうとするものの、睨むように見返され、私はその目力に押し負けて上着を持った手を引っ込めた。

私が大人しくなると、石田さんは少し視線を彷徨わせ、「他意は無いからなっ」と怒ったように言った途端、私を横抱きにした。


「あああ、あの・・・!」


「どうせ歩けないだろう!?だ、だからだ!!黙って私に掴まっていろ!!」


「す、すみませんっ」


私が遠慮がちにシャツを掴むと、石田さんは私を抱えて医務室へと向かった。
でも、その揺れが私の吐き気をますます酷くする。


「すみませ・・・っ、お、下ろして・・・!吐く・・・」


石田さんの歩調に合せた揺れに、我慢の限界が訪れて私は叫ぶようにそう言った。


「さっきそこに吐けと言ったろう!?構わない、汚れは洗えば落ちる」


「で、でも・・・」


そう問答している内に、私は堪え切れなくなって石田さんの上着に吐瀉してしまった。
もう、本当に申し訳ないやら、恥ずかしいやら、情けないやら、どうにも収集が付かない心境のまま、私は石田さんによって医務室へと送り届けられたのだった。


「半兵衛様」


「おや、三成君。珍しいね、君が・・・彼女どうしたんだい?」


石田さんはどうやら医務室勤務の白衣の男性と懇意のようだった。
どちらかと言えば、石田さんが男性を慕っているようだ。
白衣の男性はこちらに近寄り、私の様子を診た。


「廊下で蹲っていたので、連れてきました。

私は業務に戻りますので、あとはよろしくお願いしてもよろしいですか?」


「ああ、分かったよ。
えっと、君、名前と所属は言えるかい?」


石田さんは私をそっとベッドに横たわらせ、履いていた靴まで脱がして揃えてくれた。
その隣で、半兵衛様と呼ばれた白衣の男性が私に問い掛ける。


「佐倉・・・千雪、です。営業2課です・・・」


「営業2課の佐倉千雪君だね。では、君の上司には僕の方から連絡しておくよ」


「すみません」


私は少し吐いたせいか、多少は治まった吐き気にほっとしながらベッドに身を預ける。
すると、石田さんがもう自分のすべきことは済んだと言わんばかりに身を翻した。


「それでは、私は」


「あ、あの!」


既に扉へ向かっていた石田さんに、私は慌てて呼び止めた。
石田さんはこちらに振り返る。


「ありがとう、ございました。
汚してしまった上着のクリーニング代、お支払致しますので・・・」


「気にすることは無い」


「あ・・・」


お礼を言い、クリーニングのことを申し出ると、彼はあっさりとそう答えて、さっさと出て行った。
私は石田さんに向かって上げた、宙に浮いたままの手を所在なく下ろした。




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