ANOTHER's story

∴ 07


そこにイラついた男の一人が、石田さんに拳を向けた。
私はアッと声を出すことしか出来ず、石田さんが殴られると覚悟した。

しかし、石田さんはその男の拳を腕一本で払い退け、気付けば男の首元スレスレで手刀を寸止めしていた。
それに暴力に訴えた男も、他の二人もこくりと息を飲んだのが分かった。


「受けて立つぞ」


石田さんがそう言うと、男たちはバツの悪そうな顔をして、舌打ちながら立ち去って行った。


「大丈夫ですかっ?」


私はあっという間の出来事に、半ば色んな感情が麻痺したまま石田さんに問い掛ける。


「別に問題無い。
それよりすまない。私が遅れてしまったばっかりに・・・」


石田さんは眉間にしわを寄せて、謝罪の言葉を述べた。


「いえ、私こそ石田さんに何かあったのかと思っていました」


「いや、仕事があったのだ。その途中で携帯の電源まで切れてしまって、本当に申し訳ない」


「そうだったんですか。何も無くて良かったです。それにお仕事ならそんなに謝らないで下さい」


「携帯の電源が切れてしまったのは、私のミスだ。だから・・・」


「それよりこれ、受け取ってくれませんか?」


私はまだまだ自分を責めそうな石田さんに、割り込む形で持っていたチョコの入った袋を差し出した。
石田さんはそれに戸惑いながらも袋を手に取った。


「あ、あぁ。いつも感謝してる」


「あの・・・これはその・・・、いつものとは違って・・・」


「菓子ではないのか?」


「いえ、中身はチョコで・・・」


「・・・?ならいつもと同じではないのか?」


石田さんは不思議そうに私の顔をじっと見つめる。
どうやら彼は人と話すときはまっすぐに人の目を見る方で、私はその視線にドキドキしっ放しだ。
私の顔の熱が3度は上がった気がした。


「その・・・、それはバレンタインのチョコなのです」


「ああ、あの世話になった人間に渡すとかいう」


石田さんが謎が解けたと言わんばかりに頷くのを、私は誤解だと慌てて「違う」と説明する。


「あの、私のはそう言うんじゃないんです」


「そうなのか?」


「それは義理チョコでも友チョコでもなくて・・・、私の気持ちです!
私、石田さんが好きですっ!」


言った!!
私は、目の前の石田さんがどんな顔をしているのか、見るのが恐くて俯いた。

けれど、何も言わない石田さんに不安を覚えて、そっと石田さんを下から覗く。
そこには、りんごみたいに赤い顔をした石田さんが居た。


「あの・・・石田さん・・・?」


「・・・っ、な・・・、佐倉・・・が、わ・・・私を・・・?」


何だかオーバーヒートしたロボットみたいに話す石田さんに、私はくすりと笑った。


「何、を笑っているんだ・・・!」


真っ赤な顔をしたまま怒る石田さんに、ますます笑いが浮かんだ。


「私は!
・・・私、もちぃが・・・す、きだ・・・」


石田さんはそう言って私の手を取った。


「先に言われてしまった・・・」


拗ねたようにぼそりとそう呟き、グイッと手を引かれた。
それにつられて1、2歩石田さんに近づく。

目を上げれば、間近に腰を屈めた石田さんの端正な顔。
驚いて目を見開いている内に頭の後ろに手を回され、そのまま残された距離も詰めるように寄せられると、唇に石田さんの熱を感じた。
ぐっと腰を抱き寄せられ、唇以外にも石田さんの温もりを感じ、私はうっとりと目を閉じた。

触れるだけのキスをして、離れがたく感じながらも唇を離すと、両頬に手を添えられ、至近距離で石田さんが私の瞳を覗き込んで言った。


「今日からは私のことは三成と呼べ。佐倉は・・・特別だからな」


『特別』という言葉に、私は破顔した。
大好きな人からの特別は、とても大きな幸福感を感じさせてくれる。
私もそっと石田さんの頬に手を伸ばして触れた。


「なら、私のことも千雪、と呼んで下さい」


そう言って、今度は自分からキスをした。




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