ANOTHER's story

∴ 06


この日を境に、私は週末に石田さんとちょくちょく会うようになった。

私がお菓子を渡し、前回のお菓子の感想を聞く。
それに対し、私は意見をいただいていることもありお礼は要らないと伝えたが、石田さんが頑として譲らなかったため、それなら・・・ということでカフェに連れて行ってもらい、一緒にスイーツを楽しんだ。

これには作る趣味も味わう趣味も満たされ、私はとても楽しく、石田さんに会える日を楽しみにしていたくらいだった。
石田さんも、一人では入りづらいお店に入れると言ってくれた。

初めの頃はそれだけだったが、その内食事を取ることや、映画を観ることも増えた。
カフェで話すうちに、お互いの共通の趣味が見つかったからだ。


そんな時間を数か月過ごし、私ははっきりと石田さんに対しての恋愛感情を自分の中に見出していた。

もっと傍に居たい。
彼の一番近くの存在になりたい。

そう思えども、今の関係が壊れるのを恐れて、なかなか一歩を踏み出せないで居た。

そんな私の目に、ある朝、何気なく見上げた電車の広告に書いてあった『バレンタイン』の文字が飛び込んだ。
もう、今年もそんな時期だなぁ、と他人事のように感じたが、アッと思わず声を出しそうになる。

これを機に自分の想いを伝えよう。
世の中が背中を後押ししてくれるような、こんなチャンスはあまりない。
これを逃すと当分イベントはやってこないし、きっと自分もダラダラと言い訳して変われない。

そう思い、どんどん大きくなり、最近持て余し気味だった石田さんへの気持ちを伝えるため、まずは当日渡す用のチョコを使ったレシピを考えることにした。


結局、何を作るかだけで数日かかってやっと決めた。
ここは王道のトリュフと生チョコのセットにしようと、やっと道筋を見つける。
そして美味しいトリュフと生チョコを作るため、私は毎日練習に励んだ。

カレンダーを確認すると、バレンタインは平日だったので、その直前の週末に会えないかと石田さんにメールをすると、了承の返事を貰えた。
私はその返事だけでドキドキそわそわしながらチョコづくりに励んだ。


そして迎えた週末。
チョコをきれいにラッピングして、待ち合わせの場所に出掛けた。

いつもは街中の店の中などで待ち合わせるが、今日は溶けやすいチョコを持っていることと、告白もしようと思っていたこともあり、公園の噴水前で待ち合わせた。
その場所に到着したのは約束の時間の15分前。
まだ石田さんの姿が無いことを確認して、噴水の縁に腰を下ろした。

そして待つこと15分。
更に5分。

待ち合わせの時間を過ぎても、石田さんは姿を現さなかった。
こんなことは初めてで、私はおかしいなと思いながらもそのまま約束の時間から1時間待った。

それでも来ない彼に、メールで待っている旨を送って、また待つ。

約束は確かに午後も遅めだったが、冬ということもあり陽が傾き始めた。
芝生で遊んでいた家族連れも、帰り支度を始める。

石田さんからの連絡は無かった。
既に約束の時間から2時間経っていた。
電話も電源が入っていないのか、アナウンスしか返ってこなかった。

私は、もう来ないかな?という諦めにも似た思いと、いつもの石田さんらしからぬ対応への戸惑いに、待つか帰るかで心が揺れた。
ずっと寒空の下で待っていたせいで身体は冷え切り、靴の中で指先が痛いくらいに冷たくなっていた。


「ねぇ、」


「石田さ―――」


男性に声を掛けられ、石田さんかと思って顔を上げると、全くの別人がそこに立っている。
それも複数だった。


「ずっと誰かを待っているみたいだけど、来ないんでしょ?
もう俺たちと一緒にどこか行かない?そっちの方が楽しめると思うよ?」


そう言って腕を掴もうとする相手に、「止めて下さい」と触れられないように身を引いた。


「私はどこにも行きません。申し訳ないですが余所を当たってもらえますか?」


「えー、良いじゃん。行こうよ」


男たちはヘラリと笑って囲むように立つと、遠慮なく肩や腕に触れて連れて行こうとしてきた。


「やだ・・・っ」


思わず振りほどこうと身を捩ると、男が苛立ったようにチッと舌を打つ。
そしてグイッとやや強引に腕を引かれた。
私はその態度に、恐いと感じた。
行きたくないと警鐘が鳴る。


「アンタさ、ここに居るってことは良いってことだろ?何ぶってんだよ」


男はそう言うと、私の腕を持ったまま歩き出そうとする。


「何、言ってるの?」


「アンタ、本気で言ってんの?
ここ、陽が暮れたらその日の相手を探すスポットだぜ?知らないはずは無いだろ?」


「知らな・・・っ」


「すまない佐倉、遅れてしまった」


私は突然割り込んで来た聞き慣れた声に、パッと声の方を見た。
そこには、息を切らした石田さんが立っていた。
そして石田さんは男たちを少しも意に介することなく、私へと近寄り男の手を払った。


「おい、アンタ!いきなり何だよ!?」


「何だとはどういう意味だ。
私は彼女と約束をしていたので来ただけだ。そして彼女はもう暇では無くなったのだか
ら、貴様らは他を当たれば良いだろう?」


「この・・・舐めてんのか!?あぁ?」


「私はありのままを言っているだけだが?」


「石田さん、もう行きましょう!」


私はこのピリピリとした雰囲気に危険を感じ、石田さんのコートの端を引いた。
けれど、石田さんはそんなことは気にしてないようで、いつもと同じ態度だった。




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