ANOTHER's story

∴ 05


それからしばらく、目の前のスイーツをそれぞれ楽しんだ。
私の頼んだりんごのタルトは、生地がさくっとして香ばしく、中のクリームも絶品だった。
りんごは味に合うように酸味が効いており、そしてまだりんごのしょりっとした食感が少し残っているのが美味しかった。
見た目もごくシンプルながら美しく、食欲をそそる。

このカフェはお気に入りになりそうだ、と思いながら残りを楽しんだ。


タルトを食べ終わり、ポットで出された紅茶の2杯目を楽しむ頃、石田さんもプリンをすっかり平らげていた。
本当に好きなんだなぁと空っぽの器を見て実感する。


「何だ、人の皿をじっと見て。もしかして食べたかったのか!?それなら新しいのを頼んでやるぞ」


「い、いえ、そう言うわけではありません。本当にお好きなんだなって思って。
おかしいとは思いませんが、見るまで信じられなかったのです」


「ここのは絶品だ・・・!だからだっ」


「本当にこちらのは美味しかったです。石田さん、素敵なお店をお知りなんですね」


「・・・単に店主が元々知り合いだっただけだ」


「そうなんですか」


石田さんの交友関係というものが、ちょっと想像出来なくて不思議な感じがした。
彼の人柄から、こんな可愛らしいカフェの経営者さんと知り合いというのが、特に想像しがたい。


「石田さん、突然ですがあの・・・良かったら今度私の新作の味見とか、お願いできませんか?」


「何故私が・・・!?」


「石田さん、舌が肥えていらっしゃるようだし、お世辞とかも言わなさそうなので、忌憚ないご意見が聞けるかなっと思いまして・・・。

やっぱり駄目ですよね・・・?」


言ってから後悔した。
石田さんに言った理由ももちろん本音だが、そこに『石田さんと話す機会が出来る』という下心が無かったとは言えない。
今日思いがけず出会えて、ついのぼせあがってしまった。


「・・・、私で良いのなら拒否はしないが・・・。本当に私で良いのか?」


しょんぼりし始めた頃、石田さんがぶっきらぼうな口調でそう答えた。


「良いのですか!?」


私は驚いて俯いていた顔を上げると、石田さんがやや怒ったように私から視線を逸らせて答えた。


「良いも何も、お前が言い始めたことだろう?
そ、それに・・・、お前の菓子はなかなか美味かったからな・・・!」


石田さんの言葉に、私の顔はふにゃっと緩んでしまった。


「ありがとうございます!」


「だが、会社でこの間みたいに人前で渡されるのは困る」


「ああ、そうですよね。変な誤解をされたらご迷惑でしょうし・・・。う〜ん・・・、ではどうしましょう?」


「菓子は週末に作るのだろう?なら作る週の週末までに私に連絡をしてくれ。会社以外で受け取りに行こう」


そう言って石田さんは、携帯の番号とメールアドレスを交換するために差し出す。
私も慌てて携帯を取り出し、自分の番号とアドレスを伝えた。
思いがけず石田さんとのコンタクト手段を手に入れ、私の胸はドキドキと高鳴った。
しかも、どうやら週末に会えるかもしれないのだ、今日みたいにプライベートな石田さんと!

そこで、ふと心配なことが思い浮かんだ。


「石田さん、連絡は週末までにって・・・、週末の予定はもっと早く分かった方が良いのではないですか?」


「何故だ?」


「いや、だって・・・失礼ですけど、お付き合いされている方がいらっしゃるなら、週末の予定は大事でしょうから」


そう、石田さんほどの方に、お付き合いされている方が居ないとは思えない。

会社での評判はともあれ、優しい方だし、容姿は申し分無いし、仕事も出来るし・・・、女性がこんな方を放っておくはずがない。
だとしたら、プライベートで私と会うこともまずいのでは・・・?

そう考え始めていると、石田さんが私の言っている意味が分からないという表情を浮かべられた。


「何が問題なのだ?私にはそ、そのような女は居らん!
それに、居たとしても別に自分の予定くらい自分で決める」


その言葉を聞いて、私はある意味ものすごく納得した。
と同時に、彼の人物評価を少しだけ人間味のあるものに変えられそうだ、と嬉しく思った。
完全無欠だと思った彼は、恋愛唐変木だったのだから。


「石田さんとお付き合いする方は大変ですね」


私がそう言って笑うと、石田さんはますます分からないという表情を深め、少し拗ねたようにそっぽを向いた。
こうやって話すと、石田さんがカッコいいヒーローなだけでなく、彼の純真なところまで見えて、そのギャップにまたときめいた。




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