ANOTHER's story

∴ 02


そこに電話を終えた白衣の男性がこちらにまた戻ってきた。


「佐倉君、どんなふうに具合が悪いか、説明してもらえるかな?」


白衣の男性はそう言ってベッドの横の椅子に腰かけた。
カルテらしき白い用紙をクリップボードに挟んで持っている。

くいっと掛けている眼鏡を上げながら、質問された。


「あの・・・その、私・・・月の・・・」


相手が男性ということもあり、私は言い淀んだ。
出来れば鎮痛剤だけ貰えればそれで良い。


「ああ、僕は医者だからあまり遠慮しないでくれたまえ。普通に病院に行ったと思って」


そう言って白衣の男性は胸ポケットに付けている身分証明書をこちらに見せる。
そこには『竹中半兵衛、内科、精神科医』と書かれていた。


「私、人より月のものが酷くて・・・腹痛と吐き気が酷いです・・・」


「そうか。それ以外は大丈夫だね?いつぐらいから症状は出始めたんだい?」


「はい、大丈夫です。えっと、今日です。今朝きて・・・」


「うん、なら鎮痛剤と、あと生理痛が軽くなるように漢方を処方しよう。
身体を根本的に治さないと、その痛みはそれこそ出産とかしない限り変化しないだろうからね」


「ありがとうございます」


「ここで出す薬は、全て会社負担だからね。保険証なども会社に確認するから、今後も気軽に来ると良いよ」


そう言って竹中先生はにこっと微笑むと薬を調合するために席を立った。
同じ部屋の一角が、薬剤の調合コーナーになっているらしい。
竹中先生は薬剤にも精通しているのか、たくさんの引出しから色々な薬を手際良く用意し調合していく。

その後ろ姿を目で追っていると、何かの粉薬と水の入ったコップを手に近づいて来られた。


「これ、身体に負担の掛からない鎮痛剤だよ。どうぞ」


そう言って私に薬を差し出した。
それを受け取って飲む。
苦みが結構強く、思わず顔を顰めた。


「良薬口に苦し、だよ。
漢方の方はまた帰りまでに用意しておくから、今日の夜から食後に1包ずつ飲むように」


「ありがとうございます」


そう言うと、竹中先生は飲み終えた薬の包みとコップを受け取ってまた調剤へと向かわれそうになった。
そこに私が声を掛ける。


「あの・・・」


「なんだい?」


「さっきの方なのですが・・・」


「三成君のことかい?」


「三成さん・・・えっと、お名前は何というのでしょうか?出来ればどの課の方かも・・・。お礼がしたいのです」


わが社はマンモス企業で、同じ社の社員同士でも課が違えばそう会うことは無い。
人事の方に勤めていれば多少精通していたかもしれないが、私は営業事務だ。


「あぁ、彼は石田三成君だ。社長の秘書をやっているよ。

あれ、君くらいの子なら彼を知っていても良いんだけれどね。良い意味でも悪い意味でも彼は結構有名だから」


そう言って竹中先生はくすくす楽しそうに笑われる。


「石田さん・・・は、そんなに有名な方なのですか?」


この社で有名だとしたら、それは有能な人ということの代名詞だ。
私はそんな忙しい人の時間を割いてもらったのかと、慌て始める。


「うーん、有名は有名だね。彼は有能だし、何事にも誠実だ。
まぁ、でも多少それが行き過ぎているというか」


竹中先生はそう苦笑を浮かべながら答えた。
そして私のごく近くに寄り、「もう少し休んで」と真っ白で綺麗なシーツに包まれた布団を掛けられた。
私は大人しくその言葉に従い、目を閉じた。

しばらくすると、鈍い痛みと少しは治まったとはいえ続いている吐き気を押し退けて、
眠気が訪れた。
それに素直に従い、私の意識は落ちていった。



次に目を開けると、相変わらず穏やかな空気が漂う中、紙の擦れる音が定期的に聞こえて来た。
ベッドから上半身を起こすと、それに竹中先生が気付いて、本から顔を上げた。
紙の擦れる音は、ページを捲る音だったようだ。


「どうだい?痛みや吐気は治まっているかな?」


そう尋ねられ、私は身体が軽いことに気付いた。
いつも鎮痛剤を飲んでもやはりごく微量ながら鈍い痛みや身体の怠さがあるものの、それが微塵も無い。
吐気ももちろん無かった。


「だ、大丈夫です!全く痛みも無いです」


「そう、それは良かった」


竹中先生はそう言って微笑みながら眼鏡を押し上げる。
私はベッドから降りて、布団を整える。


「先生、ありがとうございました。業務に戻ります」


「もう少し休んでいっても良いのに」


「いえ、しなくてはならない仕事が溜まってしまうので。

あ、ところで石田さんの上着ですが・・・」


「ああ、あれなら会社が出入りを許可しているクリーニング業者に出したよ。だから気にすることは無いよ」


「そうですか・・・、良かった。でも、今日のお仕事に支障が出てますよね」


彼は秘書だと竹中先生が言っていた。
秘書ならば、きっと上着を常に着用していなければならないだろう。
私がそう考えていると、私の考えを見透かしたように竹中先生が「大丈夫」と言った。


「彼なら予備のスーツが会社にあるはずだよ。だから支障は出てないはずだ」


私はその言葉にほっとするばかりだった。
ここに送ってもらうだけでも迷惑を掛けているのに、更なる迷惑などあり得ない。


「何だかすみません、私がすべきことなのに全部やっていただいてしまって・・・」


「なに、気にすることは無いよ。困った時は、ね?」


そう言いながら優しく微笑む竹中先生の笑顔に、不安だった心が落ち着いた。
竹中先生は独特な雰囲気を持っていた。
決して上からな態度ではないのに、竹中先生の言葉には逆らい難い何かがある。
そして同時に人を支える力もあった。


「それではお世話になりました。私は戻ります」


「ああ、佐倉君待って。君にこれを」


竹中先生が差し出された袋を受け取る。
先程言っていた漢方薬だろう。


「重ね重ねありがとうございます」


「じゃあ、今度は歩けるうちに来るんだよ?我慢も行き過ぎると良くないからね」


「はい。失礼します」


そう言って私は竹中先生に見送られながら医務室を出た。
そして、小走りに職場へと戻った。
この後の大変な仕事に軽く憂鬱さを感じながら。




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