桜の話ー。



「・・・――――〜〜〜っ!!」

何か聞こえた気がした。私は、反射的に「はい」と答える。けれど、頭の回転は鈍くて、身体も思うように動かない。すると、また何か、聞こえてきた。

「〜〜〜〜ゃん!!ね・・・て、・・・ちゃん!!叶ちゃん!!」

「ぅ・・・んん〜〜・・・、な、に・・・?」

「あ、叶ちゃん、起きて!!もう10時だよ」

佐助がどうやら私を起こしていたようで。私の大好きなあの低くて甘い声で名前を呼ぶ。

「今日は仕事お休みだよ・・・」

「そりゃ分かってるって。じゃなきゃ遅刻でしょうが。そうじゃなくて、アンタ昨日午前中にウォーキング行くって言ってたじゃん」

(ああ、確かに言った)

私は昨日言った、自分の発言を後悔していた。そもそも、私が今こんなに眠いのは、全て佐助のせいでもある。私は枕に俯せていた顔をチラリと上げて、恨めしく横目で佐助を睨む。

「あはー・・・、怒ってる・・・?でも、だから10時まで寝かせてあげたでしょってなー」

私の思っていることを、視線から佐助は汲み取ったらしい。苦笑いを浮かべながら私に言い訳をする。

「私は4時の時点で寝たいって言ったもん」

「だから、・・・ごめんなさい。6時まで頑張ってごめんなさい」

佐助が素直に頭を下げる。そうされてしまうと、ひとりでプンプンしてるのも馬鹿らしくなって、仕方なく起き上がるべく身体をもぞりと動かした。途端に感じる下半身のダル重い感覚。それを振り切るように上半身を起こした。

「くふ、眼福♪」

「佐助のばーかっ」

私は露わになった裸を隠すように布団を引き寄せる。寝不足で重い頭を振り、何とか覚醒するよう何度も瞬きを繰り返した。徐々に頭が覚めて、それからベッドから出て浴室へと向かった。熱いシャワーで、身体の中に残っていた眠気と昨夜の情事の痕跡を流す。シャワーから出ると、途端にキッチンからコーヒーの良い匂いが漂ってきた。

「叶ちゃん、コーヒーと軽くごはん用意したから食べて〜」

ダイニングテーブルの上には、湯気の立ちあがる私愛用のマグカップと、クロワッサンが一つとサラダが載っているお皿がある。どれもこれも美味しそうで、お腹がきゅうと小さく鳴った。

「美味しそう〜。いただくね」

「どぞどぞ、足りなかったら言ってね。俺様はちょっと洗濯機回してくるから」

いつの間にか外されたベッドのシーツたちを持って、佐助が脱衣所に向かう。私は手を合わせて佐助の作ってくれた朝食を食べ始めた。カリッサクッフワな絶妙な焼け具合のクロワッサンと、美味しいコーヒーが私の舌を満足させてくれる。今日のコーヒーはカフェラテだった。泡まで美味しい。私が食べ終わった頃、佐助がクシを片手に私の元に戻ってきた。

「叶ちゃん、今日は俺様が髪の毛やってあげる!」

佐助は楽しそうに鼻歌(いつの間に覚えたのか最新の唄だった)を歌いながら、私の髪を優しく梳かす。そして、何処から出したのか、ゴムでワンテールに仕上げて、ピンで可愛く止めてくれる。

「佐助ってさ、器用だよね。何でそんなに何でも出来るの?」

「んー、そう?何でって言われてもなぁ・・・。俺様の主が破壊的に不器用だったからじゃない?」

(しまった・・・)

何気なく佐助の元の世界の話題を出してしまった。佐助は異世界から飛んできて、既に1年以上この地に居る。まだ戻る方法も分からなくて、戻れるかどうかも分からない。それなのに・・・。

「今、俺様に悪いな〜なんて考えてるだろ?」

「・・・だって」

「大丈夫だって。俺様もう焦ってないし、旦那のことは信じてるから。このまま俺様が帰らなくっても旦那は大丈夫。大将もいるしね〜」

佐助が私の顔を覗き込んで、にこっと笑って見せる。私は、その表情が嘘じゃないと知って、ほっと息を吐いた。優秀な忍の佐助の表情は読みにくいけれど、佐助の悲しみや苦しみの感情だけは、何故だか上手く読み取れる。

「佐助、帰りたい・・・よね?」

「うーん・・・、まぁ、ね。正直言うと、まだこの世界が俺様の世界だと思えないから。でも、アンタを置いて行かなくちゃいけないなら、俺様はもう帰れなくても良いよ」

佐助は両手で私の頬を包み、こつんと額を合わせてそう言った。

「うん・・・」

私は佐助の言葉に何も言えなかった。嬉しくて、言葉が出てこない。見知らぬ土地で、頼るものなんて無い状態で、それでも私のためにここに居てくれるとか。私は何て愛されてるんだろう、と思わずにはいられない。けれど同時に、佐助にとって大切な主や守ってきた世界を捨てさせているみたいで、何処か心苦しくもあった。

「私が一緒に佐助の世界に行ってあげられたら良いのに」

「えー、それはダメ」

佐助の意外な言葉に私は吃驚した。これが一番喜ぶと思っていたのに。

「どうして!?やっぱり足手まといだから?」

「違うって。俺様の住んでいた世界には、こっちには無い戦があるでしょ。叶ちゃんをそんな危険のある世界に連れて行きたくないの。でも、もしも一緒に帰ることになったら、俺様アンタのことはこの命に代えても全力で守るから」

「命に代えてもらっちゃぁ困るよ。一緒におじいちゃん、おばあちゃんになるんだから」

「そっか、そうだよね。んじゃ、全力で死なないように守るよ」

私の言葉に、眉を下げて笑う佐助に、私も穏やかに微笑んだ。

「ほら、そろそろお出かけ用の服に着替えておいで。歩きに行くんだろ?」

「うん。あ、今日は佐助に見せてあげたいものがあるんだった!」

「何なに?俺様楽しみだな〜。生着替えとか?」

「あんた、そればっかだよね・・・。違うに決まってるでしょ!一緒に歩きに行ったら分かるから」

「えー、残念。でも、何だろ?楽しみにしてるね〜」



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