≪光ある場所≫



ふと目を開けると、やわらかい日差しが膝に振り注いでいた。ぽかぽかと暖かい日差しも窓を通してなら感じるだけで、外と中とを仕切っている窓を開け放てば、まだ肌寒い風が吹き込むだろう。

どうやら知らぬ間にうたた寝をしてしまっていたようだ。無意識に手を擦り合せ温める。その手が皺だらけなのを見て、「あぁ、そうだった」とやっと現実を認識した。

「叶ちゃん、お茶が入ったよ」

聞き慣れた声が耳に飛び込み、そちらを振り向く。そこに立っていたのは・・・一瞬認識できなかった。まだ頭が夢の中に居るようだ。

「ありがと、佐助」

私のためにお茶を淹れて来てくれたのだろう。佐助が手にしているカップから暖かそうな湯気が立ち上っていた。ふわりと香る良い匂いが、鼻腔を擽る。

「どうしたの?何だか様子が変だけど・・・」

佐助は私の様子がいつもと違うことに心配になったようで、少し眉を下げて近寄り隣に腰を下ろして寄り添う。そして私の手をそっと握った。何時も佐助がしてくれるそれは、私の心を落ち着けてくれる温もり。

「何でも無いの。ちょっとうたた寝してたみたい。それでまだ頭が寝ちゃってて・・・。でももう起きたから」

「そう?」

それでも心配そうな佐助を安心させるために、握られた手にすこし力を込めて握り返す。それでやっと安心したのか、佐助がふわりと笑った。その握った手も、向けられた笑顔も、二人で過ごした時間に相当した時間を刻んでいる。ただ、歳を経てもなお、佐助は私の中で色褪せることなく、いつかの時と同じように輝いている。いや、輝き方は変わったかもしれないが、私たち二人の間には、穏やかでしなやかな愛が横たわっていた。

「夢を、見ていたみたい」

「どんな?」

「ふふ、懐かしい夢だったわぁ。佐助も私も、まだ若くて、こんな皺くちゃじゃなかった」

「俺様たちの若い頃ってこと?」

「そう。佐助がこの世界に来てまだそんなに時間が経って無かった時だと思う。・・・えぇっと、夢の中で私たちはこう話していたわ。『今日で佐助がこっちに来てから2年だね』って」

「ああ、それは懐かしいねぇ。俺様も今でもよく覚えてる。アンタと過ごした日々は、大切な思い出だから・・・。ね、その話、もう少し聞かせてくれない?」

佐助はそう私に請うた。私はそれに従い、ゆっくりとさっき見た夢を思い出しながら話し始めた。





「ねぇ、佐助。こっちに来てもう丸2年だね。そして、お誕生日おめでとう」

「うん、ありがとう!」

今日は、佐助がこっちに来てからちょうど2年目という節目の日だ。そしてその日は、佐助の誕生日でもある。私が誕生日を持たぬ佐助のためにそう決めた。初めはいつまでも馴染まない佐助に、ちょっと参りそうになった。何で私の元に来たんだろう。私じゃない人のところでも良かったのではないだろうか。むしろ私の元だから、佐助は馴染まないんじゃないだろうか。そんなことばかり考えていた。それでも知らないところで変化は起こっていたらしい。半年以上の時間を掛けて徐々に打ち解けて、行き過ぎて恋人になって・・・。それからは逆に、毎日明日にでも帰ってしまうのではないかと不安だった。でも、振り返ればもう、2年が過ぎていた。未だ佐助が元の世界に帰れる方法は見つかっておらず、その兆候も無い。ただ、こちらに来る時も唐突だったことを考えれば、安心は出来るはずもないが、何となく佐助はこのまま此処に居てくれるのではないかと気が緩み始めているのも事実だ。

「今日は何をしようか・・・。ずっと考えていたんだけどね、良いものが思いつかなくて・・・」

平日だったこともあり、もう記念日はほとんど過ぎ去ってしまった。そして私は明日も仕事がある。今から何かをしようとしても、その選択肢はとても限られる。そのせいで決めかねてしまっていた。

「俺様、特別な何かなんて要らないよ。ただ、アンタとの時間が欲しいだけ」

「そんなの・・・いつも一緒に居るじゃない」

「うん、それで良いんだ。叶ちゃんとお家でぼんやりする時間が大好きだから」

「ごめんね、じゃあ埋め合わせに今度の週末一緒にお出かけしようね」

「気にしないでって。俺様にとってアンタとの時間が全て特別なの。俺様に許されるはずの無い時間を貰ってる・・・。それだけで良いんだ」

佐助はそう言って私の身体を抱きしめた。時折、佐助は酷く自分を責めるようなことを口にする。後ろめたく思っているのだと、いつか漏らしていたのを耳にしたことがあるが、未だに佐助の心はその後ろめたさに絡め取られたままだ。『人殺し』、佐助はそう自分を称す。あちらの世界から現れた時から今現在も折をみて。自分のしてきたことに後悔は無いと言い切るのに、存在そのものを否定したがる・・・。未だに私の分からない佐助の領分。多分、こちらの世界で生きてきた、命のやり取りなんて知らない私では計り知れないもの。だけど・・・。それでも私は佐助に言ってしまうのだ。それが何の重さも持たない言葉と分かっていても・・・。

「佐助に許されないことなんて無いって言っているのに・・・」

私がそう言ったところで佐助の反応と言えば、いつも緩く苦笑を浮かべるだけだ。今回も例に漏れずそうだった。困ったような、悲しいような表情。その顔を見ると、きゅっと気管が締め付けられたような息苦しさを覚える。

「じゃあ、私も許されない存在だね。そんな佐助が居ないと、生きていけないって思ってるんだから・・・。私があなたの命を誰より肯定するもの」

「叶ちゃん・・・!?そんなこと・・・」

「だって、佐助がそうするしかなかったことをしただけのことを、そんな風に否定するなら、佐助のすべてを肯定する私も、同じように否定されるべき存在ってことでしょ?」

違う?とじっと顔を見つめながら首を傾げると、佐助は息を吐いた。

「敵わないな。俺様、弱くなったみたい」

佐助はだらりと身体の力を抜いて、私に凭れ掛かるように抱きついた。

「私が最強なのよ!」

そう言うと耳元で佐助が忍び笑う声が聞こえて来た。


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