≪お昼寝≫



「あっついんだよね!」

私はいきなり前触れも無く、何の会話も無い状態でそう言い放った。さっきまで私の身体を撫でていた佐助の手が、驚いたようにピクリと小さく跳ね、完全に動きを止めた。

「んふふー、やぁだ叶ちゃんったら!でも俺様積極的な叶ちゃんも好・きっ」

「は?何言ってんの、佐助。意味が分からないよ」

「そんな照れなくても、大丈夫。アンタの気持ちは・・・」

「分かってないって。普通に暑苦しいんだって」

「なっ・・・!」

私が冷めた口調で言うと、佐助は目を見開いて固まる。そんな表情をされても、勝手に勘違いしたのは佐助であって、私のせいじゃない。いや、勘違いをして固まるような佐助じゃないか。そもそも勘違いと見せかけて、真昼間から嬉し恥ずかし行為に洒落込もう!とか思っていたのに、私が冷たくあしらったことにショック!とでも言ってみせたいのだろう。どこまで策略かなんだ、と私は即座にそう考える。

「最近初夏の気温でしょ?佐助がいくら体温が低めだっていっても、人間なんだからくっ付けば暑いわけ。だからちょっと離れてくれない?」

「何、俺様今、離れろとか言われたの!?ショック!あり得ないんだけどー!!ダメ、絶対イヤ、離れないもん」

「ちょ、マジ暑いっての!!」

私の言葉に反抗するように、腰に腕を巻き付けて、ベッタリとくっ付く佐助を引き剥がそうと、ぐいぐいと佐助の身体を押すものの、ピクリとも動かせない。力の差は歴然としてて、私は抵抗し続けることで増す暑苦しさに耐えかねてだらりと力を抜いた。

「あは、俺様の愛の勝利!」

「だから抵抗するのも暑いんだってば!も〜」

寝そべったフローリングが、私の体温を吸収して、どんどん生ぬるくなっていくのが気持ち悪い。仕方なく気を紛らわせようと、手を伸ばして取ったのは最近嵌っているミステリー小説。いくつかシリーズで刊行しており、1作目の途中でもう次作を買い置いているほど面白い。小さな四角い範囲に並ぶ文字の羅列を目で追い始めると、途端に佐助が私の耳元に口元を寄せて、「ねぇ」と甘えた声で囁きかけてきた。

「たまの休みなんだし、俺様とナニかしようよ〜」

大好きな甘くて低い佐助の声が、私の鼓膜を誘惑するように震わす。もちろんその時間もとっても魅力的なのだが、こうやってゆっくりと本を読めるのも休みしか無理な話で。今は小説を読みたい気持ちが勝っていた。

「んー、また後でね」

「後でって、アンタ今日、夕方から出掛けるって言ってるのに、時間なんて無いじゃないのさ」

ゴロリと転がって佐助に背を向けると、佐助が追いかけるように背中から覆い被さって肩口から身を乗り出し、拗ねた声でぼやく。

「あー、忘れてた!めんどくさいなぁ」

ハァ、とため息を吐きながら、そんなにゆっくりも出来ないのだと予定を思い出した。仕事がせっかく休みなのに、単身赴任の上司が、家族の元に帰省しない週末のためか私たち部下を食事に誘ったのだ。誘ったという言い方ではあるが、これは半ば強制に近い。

「だから今、俺様とイイコトしよってば」

「佐助くんよ。あんたのイイコトとは性的な意味を含んだりはしてないんだろうな?」

「え?あは・・・あはは・・・」

「だが断る。と言うか、ほんの数時間前、長いこと過ごしたと思うけど?そのせいで私、今ちょっと眠いけど?」

そう、今日は休日だってことで、太陽が昇るまで飽くなき佐助の欲望にお供したのだ。正直この歳になってからの貫徹は身体にダイレクトに影響する。

「何なのさ!でもまぁ、・・・確かに休ませてあげたいって気持ちも俺様にだってあるよ」

「じゃあ、一緒にお昼寝でもする?あっちの和室で」

ゴロゴロ転がっているリビングから、和室の方に視線を移しながらそう言うと、佐助も和室に目を遣って、逡巡の後、にっこり笑って頷いた。

「掃きだし窓を開けたら気持ち良さそうだね!んじゃ、そうしよっか」

そう言うなり、佐助はさっと和室へと移動して、収納からクッションを二つ取り出す。それを並べて置くと、ポンポンと叩いて私を誘導する。私がリビングから移動して、佐助の示す位置に頭を乗せると、佐助もその隣に同じように横たわった。

「これ、お腹だけは掛けてね」

そう言って私の身体に掛けられたのは、私の気に入っているタオルケット。タオルケットの柔らかな肌触りと、このタオルケットだけが持つ独特の匂いが、私のお気に入りポイントだ。

「佐助も一緒に入りなよ」

そう言ってタオルケットを横向きにして佐助の身体にも掛けた。

「うん、ありがと」

佐助は嬉しそうに、はにかんだ笑顔を見せてそう言うと、二人の身体に上手くタオルケットが掛かるように整えてから私に手を差し出した。これはいつからか二人の間で暗黙の了解になった約束のようなもの。眠る時は必ずどこかの肌を触れ合せる。それが抱っこの時もあれば、こうやって手を握る場合もある。私は佐助の長い指に自分の指を絡ませるように繋いだ。きゅっと握り返されるだけで何だか身体から力が抜け、眠気が湧く。もう私の中では、眠るためのひとつの儀式みたいになっていた。しばらく目を閉じていると、うつらうつらと意識が遠退いていくのが分かるようになった。私は無意識に佐助の足の間に自分の足を差し込んでいた。これも私が眠る時の癖。幼い頃、父と寄り添って寝ていた頃に自然と付いてしまったものだ。冷え性の私は、年中足の先が冷えていて、だから父の足で温もりを取るのを常としていた。父もどちらかと言えば冷え性だったから、私の冷たい足を付けられるのは酷く迷惑な話だっただろうが、親の愛は無償とはよく言ったもので、嫌がる素振りはおろか、むしろ私が早く温まるようにと、足を挟みこんでくれていた。佐助もあの頃の父と同じように、私が足を絡め始めると、寒くないように内側へと入れてくれる。そして、足の先で相手の存在確認をするように、擦るように動かすのにも、何も言わずに私の好きなようにさせてくれていた。私は五感を惜しみなく使って、自分の寝やすいように体勢を整えた。あとは気持ちの良い時間だけが過ぎる。足元の暖かさや、タオルケットの匂いに包まれ、大好きな佐助を感じながらの微睡み。もう目を開くことは出来ないくらい意識が夢の世界に入り込んでおり、私はそしてすぐにそのまま眠りへと落ちていった。



どれくらい経ったのか。開け放った窓から吹き込む風にぶるりと身を震わせて起きた。正確にはまだ身体は起きてないらしく、頭の一部が寒さに覚醒したという感じだ。私は、タオルケットを肩まで引き上げ、身体を小さく丸めてすっぽりとタオルケットに入り込むも、まだ寒くて仕方なかった。無意識に身近な温もりへと手を伸ばし、もぞもぞと動いて寄り添った。すぐにふわりと回される優しい重みと温もり。グイッと抱き寄せられたのは分かったが、その温さにまた意識が落ちていく。少し顔を上げると、嗅ぎ慣れた大好きな匂いが鼻腔を擽った。それは例え半分寝ぼけた頭でもしっかりと認識できる。佐助の匂いだ。男性なのに元々匂いは強くなく、そして私と同じシャンプーや洗剤を使っている佐助だけれど、私は佐助の匂いだけは確実に嗅ぎ分けられる。これまでの人生で佐助のものほどホッとすることが出来て、芳しいと言えるほど好きな匂いであり、高い中毒性のようなものまで持つものを知らない。心の底から大好きだと言える、大好きな人の匂い。それに包まれているのが分かり、私の口元が緩むのが自分でも分かる。

「さ・・・けの、・・・い匂、い・・・」

自分ではちゃんと話しているつもりだけれど、上手く舌が動かない。それでも佐助は私が何を言ったのか分かったようだ。

「・・・ちゃ・・が、い・・・匂・・・だ・・・」

佐助は優しく私の髪を梳きながら、何かを言ってくれるものの、上手く聞き取れないというか、理解出来ない。額に柔らかい感触を感じつつ、すん、と息を吸い込みながら佐助の匂いを堪能しながら私はまた、夢の世界へと足を踏み入れた。


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