≪七夕の誓い≫



朝から絶え間なく、ずっと雨音が続いていた。時折空が光って、お腹に響く音を轟かせている。

「あーあ、また今年も降ったね」

私はソファでだらけながらぼやいた。そのボヤキに答えたのは、同居人・・・いや、最早この家に無くてはならないイケメン忍のオカンこと佐助だ。・・・オカンはひっそりと足させて頂こう。佐助は作業の手を止めて私を振り返った。

「ん?雨のこと?」

「そう。今日ってば七夕なのにさ、ほら梅雨真っ盛りだから、人生で大体七夕は曇りか雨なのよ」

「まぁ、確かに七夕に雨が降るのは悲しいけどさ、別に何日かしたら晴れるって言ってたし、七夕に見るって言ってた天の川の星の観察は、またその時仕切り直せば良いんじゃないの?」

佐助はそう言いつつも七夕飾りの笹をせっせと立てて、紙の飾りを飾っている。全く、言っていることとやっていることが伴ってない。よっぽど佐助の方が七夕に積極的である。笹だって買うでもなく、自分で何処からか調達してきちゃうし、本当にどうしたのか疑問だ。

「そうじゃないって。七夕ってさ、ほら伝説があるでしょ。織姫と彦星の」

「あぁ、年に一度しか会えなくなっちゃったってやつでしょ?」

「そう、それ。何かね、七夕の日が雨だと、天の川が洪水で渡れなくて、二人は会えなくなっちゃうって伝説もあるんだよ」

「あれ?そんなだったっけ?それだと織姫さんと彦星、全く会えないじゃん」

「そうなんだよ。その伝説の通りなら、何年も会えないことがあるってことよね。あんまりだーって思った覚えがある。だからかな?それは単なる数ある伝説の一説だと思うのに、やっぱり晴れて欲しいと思っちゃうのは」

「ふーん、叶ちゃんってばやさしーんだねぇ」

「あ、なんか今の佐助の顔に、気に食わない表情が浮かんだ!」

「え?ちょ、そんな横暴な!」

「馬鹿にしたでしょ!子どもっぽいって」

「してないってばぁ。可愛いなとは思ったけど」

私がムッと顔を顰めると、佐助は苦笑いを浮かべながら恐る恐る私の近くに寄ってきて、必死にご機嫌を取ろうと甘えようとする。それをツンとそっぽを向いて無視していると、佐助が困ったように眉を下げた。

「叶ちゃぁーん、ごめんねぇ。気に入らないことしちゃったなら謝るから!ね、こっち向いて。これじゃ俺様も織姫に会えない彦星と同じだよー」

「何よ、佐助が彦星なら、何が何でも織姫に会いに行くでしょう?だから殊勝な彦星と違うし」

「んもぅ、ものの例えでしょーが!確かに俺様が彦星なら年一回とか言われても、何とかして天の川を渡ろうとするけど・・・って、そんなことはどうでも良いから!もー、本当に今日はどうしたの?何か機嫌悪くない?何か嫌なことあった?」

「別に・・・。何にも無いって」

「だってムスーっとして外をずっと見てるし・・・。ほらぁ、一体どうした?んー?」

佐助はよく分からず八つ当たりされているのに、それを怒るわけでもなく、むくれている理由を優しく聞いてくる。それがまた何となく癪で、私はそれに答えずにいた。

「言いたくないならそれでも良いからさ、溜めこまないで頂戴よ?俺様に八つ当たりする分には良いから」

佐助はそう言い置いて、再び七夕の笹飾りを付ける作業に戻った。色とりどりの紙飾りが、時折開け放った窓から入る風に優しく揺らされている。それを見るとはなしに見ていた。佐助の作業はテキパキとしていて、どんどん笹に飾りが付いて行く。しかもバランス良く。こんなところに能力を惜しみなく使って、本当に勿体無い。佐助の作業の最後の仕上げは、事前に書いておいたお願い事を書いた短冊も飾り付けだった。それを終えると、それはそれは立派なものが出来上がった。個人宅ではそうそう見られないくらいに。

「でーきたっと!叶ちゃん見てー、完成だよ」

佐助は満足そうに私を振り返った。その時、少し強めの風が吹いて、括りつけてあった短冊がひとつ、私のところへと飛ばされてきた。

「あぁ、ごめん。しっかり付けて無かったかな?」

そう言って佐助が短冊を取りに来るので、ソファから立ち上がって落ちていた短冊を拾い上げてあげた。その瞬間目に入って来たのは、佐助の文字。そしてそこにはこう書いてあった。



『叶ちゃんと、永遠に一緒に居られますように。魂が朽ちるまで、寄り添いたい』



思いがけない願い文に、目を見開いた。本当はずっと、七夕の伝説のように、いつか佐助と離れる日が来るんじゃないかって、明日がどうなるか分からない分、そんな考えに囚われそうになっていた。そしてそれが現実になったとしたら、私たちの間には天の川なんて素敵なものじゃなくて、無機質なブラウン管が触れ合うことを拒絶する。その上、もしもそうなったとしたら、私だけがいつまでも忘れられないでいる一方で、佐助はすぐに私のことは思い出に変えてしまうんじゃないか、とも考えていた。それなのに。短冊の願いを見て、私は大きな勘違いと、自分の心の弱さに申し訳無さと恥じらいを持った。

「拾ってくれてありがとー!・・・って、叶ちゃん?どうした?!」

佐助は俯いたまま動かない私の顔を覗き込み、ギョッとなっていた。それもそのはず。私はボロボロと泣いていた。

「ど、ど、どうしたの!?どっか痛い?えっ、えっ?!」

「・・・そうじゃない。身体は、どっこも悪くないから」

大丈夫じゃないのは心だ。外の空模様のように、雨が降り続いてじめじめしてしまっている。そんな悲観的な気持ちの時にこんなのは反則だ。こんなのを見て泣くなとか、好きになるなとか、そんなことは無理だ。無理やり雨雲を乱暴な方法で蹴散らすようなもんだ。だから反則、レッドカード。

「そう?それなら良いけど・・・」



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