Happy Birthday!!



誰かの声によって目が覚めたら、喉元に金属製の何かが当てられていた。目の前には見覚えの無い良い男。良い男だが・・・不法侵入者だった。

「・・・誰?」

「アンタこそ、何者?ここは一体何処だ。どんな術を使った?答えないと・・・」

そう言って冷たい金属がグッと押し付けられた肌に、痛みが走る。何かが伝う感触がして、血が出たんだって分かった。ゴクリ、と唾を飲んだ。息が浅くなって、寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。恐怖で、身体も舌も凍った。

「もう一度だけ聞く。アンタの目的は?」

「し、知らない。私は、何も知らない」

震えながらそれだけ答えた。視線が恐いのに相手の顔から外せなかった。外した途端、恐ろしいことが待っているような気がした。

「・・・嘘じゃない・・・?アンタがやったんでしょ、俺様をこんな訳の分からない場所に連れて来て」

「私じゃない!というか・・・ここ、私の家で・・・。あなたこそどうやって入ったの・・・!?」

施錠はいつもしっかりしている。寝る前に確認もした。窓は二重ロックを掛けたし、玄関はチェーンロックも掛けた。窓を破ったのだろうか?と一瞬疑うが、ここはマンションの上階でとてもベランダから侵入など考えられない。そこが気に入って借りたのだ。女の一人暮らしだからと。

「・・・・・・」

男は私の言葉には答えず、こちらから視線は外さないまま思案顔になる。私は少しだけ詰めていた息を細く吐いて、もう一度男を良く見てみた。顔は・・・やはり会ったことの無い人間だ。そもそもこんなに整っているのなら、覚えていないはずがない、と確信できる。正直タイプの顔立ちだ。とはいえ、多少心に引っ掛かる。記憶には無いはずなのに、おかしいなと感じたものの、思い出せそうになかった。それ以外は・・・服装が異常だと感じた。それはコスプレですか?と言いたくなる。まずせっかくのイケメンを無に帰すような顔を覆う金属。全く意味が分からない。流行には疎くないつもりだったが、ニューファッションだろうか? 着ている服もやっぱり変だった。ポンチョはまぁ良い。迷彩柄も、よくある。けれど腕を覆う金属や、手袋の指先が尖っていたり、胴回りの鉄板のようなものは、やはり理解不能。履いているパンツも・・・ボンタンズボンというやつだろうか?それにしては・・・何だか古臭い。そう、全体的に時代劇っぽいのだ。必殺仕事人的な。

「お願い、このまま帰ってくれたら警察には連絡しないから・・・」

男の目が、狂気の色を映していないという自分の感覚を信じて、そっと口にした言葉。ただ、もう一刻も早く解放されたかった。命の危険、そして性的な危険もある。

「『けいさつ』・・・って、何?それがアンタの部隊なの!?」

「部隊・・・?え・・・?」

男はやはり頭もおかしな人間だったのだ。妄想に取りつかれているのかもしれない。再び恐怖が込み上げてきた。カチカチと歯が震えて音を立てる。それを必死に抑えようとしても抑えられず、小さな音のはずなのに、とても大きく感じた。この音が男を刺激しないことを祈る。

「話が見えないね。アンタ、時間稼ぎならあんまり賢いとは言えないよ?」

「あなたこそ、何の目的なの・・・!?私はあなたを知らないし、用も無いです」

私はガバリと上半身を起こしながら、半ば叫ぶように言った。男はまるで私が呼び寄せたかのように言うが、そんな心当たりあるはずも無い。自らこんな事態、招く人間が居るのだろうか?

「ちょ、アンタあっぶないなぁ・・・!と言うか、俺様も意味が分かんないよ。アンタ、いい加減にしてくんない?俺様は、早く旦那の元に戻りたいんだよ。そんなに気が長い方じゃないんでね」

男はいきなり動いた私の喉元に突き付けていたものを器用に動きに合わせて動かす。一切距離間を変えずに喉元に突き付けられている何か。そしてもう一度存在を主張するようにピタリと肌に冷たい金属を当てられる。それにハッと身を強張らせた。

「お帰りならあの扉です。もう、どこでも行ってください・・・!」

私は寝室のドアを指差してそう告げた。こっちこそ、早く出ていって欲しい。これが夢なら早く覚めて・・・。

「動いたら、殺す」

男は初めてはっきりと目的を告げた。私は息を飲みながらヒッと喉を鳴らした。男はスッと立ち上がると、こちらを見据えながら後ろ向きに歩いて行く。そしてドアに手を掛けて・・・開けられなかった。一体どういうことだろうか?引き戸のように横に開けようと力を入れている。

「押すんですけど・・・」

無いノブを持っているように見せ、下に押しながら扉を開くジェスチャーをして見せると、男が眉を上げながら真似をする。扉は簡単に開いた。

「鍵も掛けてない・・・」

どうやら閉じ込められていたと思っていたらしい。そもそも、閉じ込めるはずなんて無いと言いたかったが、黙って出ていってくれるのを見ていた。

「・・・ねぇ、どうなってるの?此処は一体、日ノ本の何処だ。甲斐からはどれくらい離れているんだ!?」

男は私に問い掛けてくる。日ノ本、そして甲斐・・・今では聞かないその言葉に、歴史マニアの変質者なのかと推測する。少しは歴史に明るくて良かった。

「甲斐って・・山梨県でしたっけ・・・?」

「山梨県?何それ。アンタ、さっきから訳分からないことばっかり言わないで」

「訳が分からないって・・・ちゃんと答えてる!あなたの方こそ普通じゃない・・・」

思わず言ってしまった。だって、あまりにも訳の分からないことばかり言われていたから。私は言ってしまってからしまった!と思ったものの、もうどうすることも出来ない。男の反応が恐くて、被っていた布団をギュッと握った。

「アンタ・・・本当に何も知らないの?調度品の感じから、織田あたりの何かかと思ったが・・・」

「織田・・・?織田って織田信長?」

「やっぱりそうなのか?」

男は私の呟きを拾うと、ギラリと私を睨みつける。だから、慌てて首を横に振った。

「知り合いでもない!というより、織田信長なら誰でも知ってるでしょう?歴史上の有名な人物なんだから」

「歴史上!?魔王はどこかに潜んでいるだけだろ!?」

「え・・・?」

いよいよ頭がおかしいのだと、だから何をするか分からないのだと思った。先程理性的な光を目に宿していたと思ったのは、間違いだったようだ。こう言うのを、妄想癖というのだろうか?それにしても重症患者だろう。どこかの精神病院から抜け出して来てしまったのだろうか?

「ちょっと確認する。今は何年?時刻は?」

「平成・・・」

「は?平成って、何?」

「年号・・・」

「・・・・・・」

男はまた思案顔になって、そして構えていた武器を下ろした。そして私の方を見て、信じられない言葉を言ったのだ。

「これがアンタの嘘じゃないなら、俺様の身にとんでもないことが起きたのかも?」

私は、いきなりの男の態度の変化に、呆然とするしかなかった。

「アンタの言葉に嘘が混じっているかいないかと言えば、嘘を吐いているようには思えない。俺様を騙せるほどの嘘が吐けるような、有能な忍・・・ってわけでもなさそうだしね」

「忍って・・・そんなもの居ないわよ・・・」

私は男の言葉にまた頭を抱えたくなった。忍・・・、忍って言ったら『忍者服部くん』か『暴れん坊将軍』の隠密か、私の発想ではそれが限界だ。とりあえず目の前の男が忍が好きなのは分かったが、どこの世界に迷彩柄を纏う忍が居るんだろうか。

「あ・・・」

自分の思考にふと引っ掛かりを覚えた。迷彩柄を纏う忍・・・。

「何?何か言えることあった?」

男は笑顔を見せているものの、とても冷めた目を細めてこちらを見てくる。その視線が向けられるような声を上げてしまったことを後悔する。

「あなたを・・・知ってるかも?知ってるっていうか・・・まさか、ね」

「一体なんなのさ?はっきり言いなよ」

男はかったるいと言わんばかりの態度を見せるが、やはり目だけがギラギラしていた。

「あなた、猿飛佐助本人だ・・・とか言わないよね?少し前に、テレビのCMで見かけたわ。今のあなたが着ているような、迷彩の服のキャラが出ている映画だっけ?ゲームだっけ?確かそこに出てくるキャラが猿飛佐助だった・・・。良くキャラまで掴んでて、出来たコスプレだわ・・・」

もしくはそう信じ込んだ痛い人。痛いと言うか、既に犯罪者だけど・・・。

「ふーん?なんだ、俺様ってば有名じゃん。そうだよ、俺様は猿飛佐助」

「は、はは・・・」

私は乾いた笑いしか出てこなかった。これは病院決定だ。

「さっきから忍は居ないだの、『きゃら』だの『こすぷれ』ってのもよく分からないし。アンタさ、実は大変なことに巻き込まれてるかもしれないよ?」

「何言って・・・」

戯言だ、なんて軽く流そうと思ったが、そう言われて男の顔を見直すと、確かに似すぎている。そのテレビで見た顔に。というか、本人レベルだ。

「まさか・・・あなたテレビから出てきたとか言うの!?」

「『てれび』?それがこんなことを起こす術の基なの?」

「違うわよ!テレビは、映像を映すだけで・・・」

だが、もしも目の前の男が本物の猿飛佐助なら、こんなことを説明したところでどうしようもない。私は呆然と男を見つめた。



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