笑顔についての考察。



少しぼやけた月が窓の外に輝いていた。そこでカーテンが開いているのに気が付いて、私はリビングのカーテンを閉めようとはき出し窓に近づいた。

「佐助?」

カーテンに手を掛けかけたところで、ベランダの腰壁に肘をついて、空を眺めている佐助の背中を見つけた。

「あ、風寒かった?」

少しだけ開けられたままの窓。佐助は私の声に振り返って慌てて閉めようとした。

「違うよ、たまたま通りかかってカーテンが開いてるのを見つけただけ。佐助はベランダで何してるの?」

「んー、あれ見てた」

窓を閉めるのを止めて、反対に私をベランダに招き入れるように窓を開く。反対の手で指差すのは柔らかい光を放つ満月にはまだ足りない月。私は佐助に開けてもらった窓から出て、一緒に腰壁に肘をついて月を見上げた。持っていたミネラルウォーターを一口飲んで、佐助にも差し出すと、「ありがと」と言って佐助も一口飲む。

「綺麗だね」

「うん、本当に」

佐助が囁くように答える。視線を月から佐助に巡らせると、穏やかに微笑んでいる口元に視線が奪われた。いつからだろう、佐助がこんな風に穏やかに微笑むようになったのは。



佐助の笑顔が初めは恐かった。ここに来た当初はあからさまな敵意で跳ね退けられ、しばらくして元の世界に今すぐには帰れないと知ると、佐助の態度が柔らかいものに変わった。でもそれは、心からの変化ではなかった。こちらを懐柔しようとする偽りの笑顔で、ふっと何かの拍子にその笑顔は唐突に消える。そして笑顔の消えた佐助の顔に浮かぶのは、つめたい光を湛えた目だけがギラギラと光る冷めた表情だった。そんな佐助が、穏やかに微笑むようになったのだ。心のままに。

「佐助、本当に上手に笑えるようになったね」

私は思わずそう呟いた。それくらい優しい笑顔だった。

「なぁに、その言い方。まるで俺様が笑えてなかったみたいだよね」

「笑えてなかったでしょ?」

私を振り返った佐助をちらりと上目使いに見遣ると、佐助は困ったように口元を歪めた。

「あはー・・・、そんなことも・・・あった、ね?」

「うん。もう忘れてあげたけど?」

「恩に着ます」

私の髪に手を伸ばして、するっと梳いていく。こんな仕種すら大きな変化だ。ひとつ気付くと、佐助の変化を次々と発見する。私を見つめる目の光も、触れる手の温かさも、私に話しかける声だって。何もかもがあの頃と変わっている。何度も通っていく佐助の手を取って、頬を寄せた。じんわりとした温かさを感じた。いつの間にか私にとってとても優しくなった、この少し骨ばった大きな手が私はとても気に入っている。

「どうしたの?今日は甘えん坊さんだね」

「佐助がね、私を本当に愛してくれてるんだなって実感中」

「んふ、そんなの言ってくれたらどれだけでも身を持って教えてあげるのに」

「こうしてるのが良いの」

「そう?」

「そう」

「ならギュウもダメ?」

「それはして欲しい」

「くは、可愛い。はい、ギュウ〜」

背中から腕を回してもらって一緒にまた月を見上げる。背中があったかくて、心地良かった。大好きな匂いが鼻腔をくすぐる。じわっと胸の中に満足感が広がっていく。


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