![]() ![]() ![]() 『今日は友達と会ってくる。遅くなるから、先に休んでて』 佐助にそうメールを打って、仕事帰りに待ち合わせの場所へと急ぐ。大学時代からの友人果南(かな)とは、実に半年ぶりの再会だった。店の扉を開けて、中に入りながら果南の姿を探して駆け寄る。 「ごめん、待たせた?」 「待ってないよ。忙しいとこごめんね?」 果南は空いてる席を促しながらそう答える。私は促されるままに席に座り、とりあえず注文を済ますべく、メニューを開いた。ずらりと並ぶドリンクから、ホットカフェオレを注文して、それが机に届いてから今日呼ばれた理由を問い質した。 「それで、私に話があるんでしょう?」 「う・・・ん。実は・・・新しい彼が出来て・・・」 果南の口から『彼氏』の文字が出るのは実に2年ぶりだった。2年前、果南は結婚間近の婚約者に突然別れを告げられて、以来ずっと沈んでいた。 「うわ・・・おめでとう!!良かったね」 「でも・・・、何て言うか、もう、終わったの・・・」 「え?」 果南の言葉に呆然としてしまう。さっきの自分のお祝いの言葉が宙ぶらりんになってしまった。 「正確には、終わった状態にしてるの」 「え・・・、どういうこと?」 それから果南の語る恋バナに耳を傾けた。要約すると、遡ること数か月前、あることをきっかけに出会い、付き合うようになった。でも付き合う前から相手の転勤が決まっており、遠距離になることは必須だった。残された期間は3か月。付き合って2か月目にやっぱり転勤もあるし、分かれた方が良いと提案され、その時はそうしなかったものの、その1か月後また同じ話が出て、別れることになった。 「果南は別れたくなかったの?」 「うん。遠距離でも良かった。でも、彼が新しい土地で新生活を始めるにあたって、自分の心の余裕が無くなって、私を構ってあげられなくなるのが分かってる。それが嫌だし、慣れるまで待っててくれなんて、こちらの気持ちも重くて言えない、って」 「何それ・・・」 私は果南の話を聞いて即座に腹が立った。あまりにも自分勝手すぎる。良いように言い繕ってはいるけれど、結局責任感の無い男なだけだ。 「で、果南はそれを言われて何て答えたの?」 「私はそれでも構わない。何なら転勤先について行って、一緒に暮らして生活を助けたいって言ったよ。でも、一緒に暮らしても、きっと家事をしてくれる私に、お返しを何もしてあげられないって言われちゃったの。そもそも彼は長く独り暮らしをしてるから、実家暮らしの私より家事能力高いしね。家政婦代わりも必要無いんだけど」 「ふ〜ん・・・」 じわじわと怒りが全身に回り始める。それを果南には悟られないように隠した。 「私、彼と付き合う時から言っていたの。私は早く結婚して、子どもを産みたいって。今30歳でしょ。そんなに長く待っていられないもの。でも、彼にはすぐに結婚できない理由もあって・・・。それを解決してからじゃないと、結婚とか考えられないって」 「え、その問題ってのが何かは知らないけど、すぐに解決出来るの?」 「ううん、それには2年くらい必要だって。でも、もし彼が絶対に結婚してくれるって保障してくれるなら、彼のこと好きだからやっぱり待ちたいって思って付き合ったの」 「そう・・・」 「で、結局1か月前くらいに、さっき言ったように待たせるのも悪いからって別れて、今、彼は転勤先に行っちゃってね。でも連絡とかはあるんだよね」 私はため息を吐きそうになって、慌ててぐっと飲み込んだ。元々結婚願望の強かった果南。でも上手くいかなくてやっとつかんだチャンスも無になって。久しぶりの恋路なのにあまりの相手のダメさに、私は心の中でそっとため息を吐いた。 「果南はまだその人のこと、好きなのね」 「うん・・・、今まで付き合った人の中では一番優しくて、マメで、良い人なの。別れ方もお互い嫌いで別れたわけじゃなくて・・・」 「とは言え、次に目を向けるのも大切だよ?」 「分かってるんだけど、別れ方が別れ方だけに、次に出会った人とそう言う仲になれても彼と比べて満足出来ない気がするの。彼の方が・・・って」 これはマズイと感じた。男の狡さを受け入れてしまってる。きっと相手のやり方が上手いのだろう。 「でもさ、その人、果南のこと一番ではないじゃない。仕事、新生活、どっちも大変だよ。でも、もの凄く好きなら、別れを選ぶ?どんな状況でも、命に係わることじゃない限り、一緒に居たいものじゃないの?」 「彼ね、変なとこ頑固だからね・・・。問題に私を巻き込むことはもちろん、自分が苦しんだり、新しいことに必死な姿を私に見せたくないんだと思う。付き合ってる時もそう言う面があったもの」 「自分の弱みを見せないって?それこそその人結婚とか一生考えられないわよ。結婚したら問題なんて次々起こるだろうし、その度に離婚するわけ?」 私は少し厳しいかなっと思いながらも、早くそんな男のことを断ち切ってもらいたくて自分の思いをぶつけた。私ならそんな男は願い下げだ。というかきっと切れる。間違いなくぶっ飛ばす。自分の都合ばかり押し付ける無責任男。結局そいつは初めから果南と結婚なんて見据えてない。最初からその様子をチラつかせていた。最初は問題があるからと同情を誘って上手く誤魔化しただけ。それでも構わない、転勤も乗り越えて見せると伝えると、君のためにならないと諭す。大体、転勤だって決まってて、自分に問題があるってことも分かってて、果南が結婚を望んでるのも知っているのに付き合って、やることやって、転勤の時期が来たらバイバイとか。本当にふざけた男だ。一発殴りに行きたい。果南に目を覚まして欲しい。そしてよく見てみて欲しい。この男の馬鹿げた策略を。 「果南、その彼はとりあえずこのままにして、やっぱり他にも目を向けた方が果南の希望を叶えやすいよ。別に全く切る必要は無いけど、待たなくて、良い人を探すアンテナは常に張っておくべきよ」 「やっぱりそうかな・・・。叶もそう思う?」 「うん。彼が結婚してくれる保証なんて無いわけだし、それこそ男に振り回されないようにさ」 「そうだね」 果南とはこのあと夕食を一緒に取り、たくさん彼以外のことも話して、笑って、終電に乗って帰った。電車の中で佐助にメールを送る。 『遅くなりましたが、今から帰ります。今、電車に乗っています』 |