≪七夕の誓い≫



「佐助はズルい」

佐助が私の手から短冊を抜き取る時に、そう呟いた。それを聞き逃す佐助ではない。ぴくりと身体を揺らして、今抜き取ったばかりの短冊に目を遣る。そうして私の態度に合点がいったらしい。困ったように笑って、私の後ろのソファへと腰を下ろした。

「まぁまぁ、ここちょっと座って?」

佐助はそう言って自分の横のソファの空き座席を指差した。私は、黙ったまま、でもおずおずと腰を下ろす。

「知ってたよ、アンタがたまに考えていたこと。俺様がいつ居なくなるか、について。でしょ?」

いきなりの確信的な言葉に、私はヒュッと息を飲んだ。そうだ、普段は考えないようにしているが、時折自分が空っぽだと感じると、勝手に不安が湧き上がってきてしまう。私が一番失いたくないもの。私が一番必要としているもの。そして私が一番安心出来るもの。それが猿飛佐助というひとりの人間。でも、同時に一番失うかもしれないものでもある。ある日突然やって来たのだから、ある日突然居なくなることもあるだろう。

「いつから?」

仕事中とかは、正直気が気じゃない。もしも家を離れている間に佐助が消えてしまったら?私はどうなるのだろうか?私は、もう、佐助無しでは生きて行けないほどに、どっぷりとハマってしまっているようだ。

「いつだろう?俺様たちがこういう関係になってすぐ、かな。アンタがたまに不安に感じているのは分かった。正直ね、俺様だって申し訳ないと思ってる。命の源が源なだけに、アンタをいつまでたっても安心させてあげられないから・・・」

そう言った佐助は、本当にすまなそうな顔をしていた。

「今日ね・・・会社でまた寿退社して行く人が居たの。最初は別に何でも無かったんだけど、最近周囲がね、私に気を使うのよ。この歳になっても独り身だから、申し訳ないなぁ、話題にしない方が良いのかなぁって態度。それがね、すごく居心地悪いの。友達も・・・、皆結婚していく。その報告を受けるのを、私は心から喜んでいるのよ?なのに・・・。誰にも言えないけど、私には佐助が居るから何にも感じて無いのに、そうやって決めつけられて、窮屈で、そしたら何だか本当の私を分かってくれる人が居ない気持ちになるのよね。相手に私の状況なんて伝えてないのだから、本当に勝手な話だけど・・・」

話し始めたら止まらなくなった。与えられ、押し付けられる憐み。窒息しそうになる。佐助はうんうんと相槌を打って、私の話に黙って耳を傾けている。

「でもね、いつもはそれでもスルー出来るんだよ。だけど今日はダメだった。だって、ふとそれってそんなに間違ってもないな、なんて感じちゃったの。佐助はいつでもするっと居なくなるかもしれないし、そしたら私、何が残るんだろって・・・。皆には新しい家庭や家族があって、その一方で私には何にも無くて・・・。それがすごく恐いの」

「そうだよな、うん・・・」

佐助は隣に座った私の頭を自分の方に引き寄せて、こつんと頭と頭を触れ合せた。佐助は不安じゃないのだろうか?私ばっかりがこういうことを考えているような気がして、それもまた不安になる。夜中、ふと目を覚ますと、佐助が起きていて窓から空を見ていた。その背中が、とっても寂しそうに感じた。佐助の見ていた空は、本当にこちらのものだったのだろうか?こちらの空を通して、あちらの世界を見ていたのではないだろうか?

「本当にごめんな、俺様が悪い。もう心は決まっているのに、ぐずぐずした・・・」

佐助は言葉に申し訳なさを滲ませた。そんな風に思って欲しいわけじゃない。でも、私が言っていることは佐助を責める言葉以外の何ものでもない。私は、佐助にも同じように苦しんで欲しいのだろうか?そんなに残酷な女だったのか。

「決まったって・・・やっぱり良い。聞きたくない」

私は地雷を踏んだのかもしれない。佐助がせっかく黙っていてくれたことを、こうしてほじくり返して、それで傷をまた負うのだ。

「叶ちゃん、聞いて。お願いだ」

佐助の顔は、酷く真剣だった。それだけに、何を言われるのか、心臓がばくばくと大きな音を立てた。

「やだ・・・、今日は私、受け止めきれな・・・」

「違うって、俺様が決めたのは、アンタと居るってこと!」

「・・・・・・ッ、・・・え?」

私は覚悟していた痛みが訪れないことに驚いて目を見開いた。佐助は今、何て言ったのだろうか?

「俺様は、もう元の世界には戻らない。もうその方法を探すのは止めた」

「え・・・、な、に言ってるの?戻らない・・・?」

「そう。俺様はアンタと、この世界で生きてく」

「だって・・・だって佐助はやるべきことがあるって・・・、仲間が待ってるって・・・」

私は佐助の言葉の重さに、心がグラグラと揺れるのが分かった。そんな言葉を佐助が言うなんて、信じられない思いだ。いや、これは何かの間違いだろうなんて思えた。現実であるはず無い。

「佐助、どうしちゃったの?私のせい?私・・・どうしよう・・・ごめんね!」

「あああ、違うって!」

私が大きな罪悪感でまた泣き始めると、佐助は慌てたように声を上げた。そして服の裾を持ち上げて私の涙を拭った。

「違うよ、叶ちゃんがどう出てても、俺様はこれを意思として言うつもりだった。ただ、少し遅かったみたいで・・・ごめんね」

抱き寄せられ、佐助の胸に顔を埋めて聞かされる言葉。皮膚の向こう側から直接聞こえるいつもより少しくぐもった声。私は申し訳なさと、なのに嬉しさも心を突き破りそうなほどあって、涙を止めることが出来なかった。

「この世界に、『俺様』を作ることから始めるよ。叶ちゃん、お手伝いしてくれますか?」

「も、もちろん・・・!なんでもする。なんでもするよ、佐助のためなら」

「方法は、実はもう調べてあるんだ。帰る方法調べるよりずっと簡単だったよ。ただ、ちょっと手間が掛かるかもだけど・・・、きっと堂々と一緒に居られるようになるから。待ってて」

「うん、待ってる」

そう言って顔を上げると、佐助は私に、にこっと笑い掛けた。私もつられるように笑顔を浮かべた。





これは、何年後かの小話のお話の設定で書きました。佐助さんがもう元の世界には帰らない、帰るための努力より、こちらの世界で生きて行く意思を伝えた日のお話ですが、本編とは違うお話として読んでいただけると嬉しいです。イベントもののような感じで。でも、きっとこんな風になる気がする。 何がどう巡っても、佐助さんはきっと捨てられない人だと思います。


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