≪光ある場所≫



私は記憶を手繰り寄せるために伏せていた目を上げた。そこにはもうあの日から数え切れないくらいの日々を共に過ごした大好きな笑顔があった。その隣には、夢の中で話題に出てきたランプがあった。何度か手を加えはしたが、未だに現役で使っている。

「懐かしかったよ。・・・ちょっと気恥ずかしかったけど」

「うん、本当に懐かしいねぇ。そうそう、叶ちゃん。俺様の言った通りだったでしょ?」

「何が?」

「『アンタを置いて勝手に帰ったりしない』って」

佐助は口角を上げながら器用に片目を瞑って見せた。幾つになっても佐助は佐助のままだ。私を愛してくれる、最上の男。

「うん、佐助は言ったことを守ってくれたね。ありがとう」

佐助の決断は、佐助の中でどれほどの葛藤があったかは私には分からない。そんなに簡単に下せる決断じゃなかったのは確かだと思う。初め会った時は、佐助にとって主は全てだったと感じたから。

「聞いても良い?」

「何でもどうぞ。何が聞きたいの?」

「佐助は・・・いつ私と一緒に居る道を選んだの?」

私は佐助をじっと見つめた。そんな私に、佐助はふっと微笑みかけた。「正確には分かんないんだけど・・・」そう前置きをして、佐助は話し始めた。

「多分、アンタを好きだって自覚した時、かな。俺様はね、道端の草や石ころと同じなんだ。忍って人間じゃないんだよ。だから迫害されることも多かった。通常、忍はどこかに雇われると、人間性なんて持っていないモノとして扱われる。与えられる仕事だって口には出来ないものばかりだった。その対価が給金になるわけなんだけど、それだってごく少ないものなんだ。だって家畜に給与は払わないだろ?」

「そんな・・・」

「そういうものなんだ。こっちに来て色々知って、俺様も叶ちゃんの言う意味を理解したけどさ。でもやっぱりそういうものなんだって思いが一番強い。それでも俺様は恵まれた忍だったよ。主がさ、あり得ない人だったから。あの世界では到底普通じゃないよ、忍を一介の人間として扱ってくれて・・・。だから旦那は・・・特別なんだ」

「うん・・・」

滔々と語られる佐助の話を、私は時折相槌を挟みながら聞いた。『忍』という生き方。その不条理さを私はどれくらい理解出来ているのだろうか?

「旦那は、俺様に世界が白黒じゃないって教えてくれたんだ。大げさに聞こえるかもしれないけど、俺様が人間だって思えたのは旦那に会ってから。同時に知ったんだ、俺様の中にある感情ってやつも。忍になるために感情の排斥、道具として生きることを強いてきた俺様は、それまで自分の中のそういうものに目を向けてこなかったからさ」

「私から見たら、今も佐助は我慢強すぎるし、自分を律しすぎだと思うけどね」

「そうでもないって。アンタには俺様、すごく我儘だ。アンタを独り占めしたい、何があっても離れたくない・・・いや、離さない。欲しいと感じたら抱いて・・・そうやって自分の思いを赤裸々に表に出してきたでしょ?」

「あぁ。まぁ、そこの点は自己主張してるね。ふふ」

「だろ?俺様にとってそれだけだもん、大事なのは。アンタが居れば良い。俺様は叶ちゃんに会って、生まれて初めて人を愛した。正直、自分の感情を理解するまですごく時間が掛かったよ。何せ生まれて初めての感情に、説明つけるのが大変でねぇ。でも、一度解ってしまうと、もう止められなかった」

佐助はふぅと小さく息を吐いた。当時の気持ちが蘇っているのかもしれない。懐かしそうな表情を浮かべていた。

「俺様は迷った。旦那の元に帰って忍として仕える・・・元に戻るべきか、自分の気持ちに従って叶ちゃんの傍に居続けるか・・・。迷って、すごく迷って・・・、その末にアンタの傍に居るって決めたんだ。だって心がアンタの傍に居たいって叫んでいたから。もう自覚した時から俺様は決断してたんだな、って感じた。そういう意味では心から自分に素直になったのもその時が初めてかも」

「それは・・・何とも言い難い苦しさを伴う選択だったよね。だって置いてくるのは特別な人だったんでしょう?」

「そうだね・・・。こちらに居ると決めた後、迷いは無かったけど全く心配にならなかったと言えば嘘になるな。でも、旦那は大きな人だ。どの武将にも見劣りしない、天下を収める器を持った人だと俺様は確信してる。俺様が知っている旦那は、大将にはまだ追いついてなかったけどそれは若さゆえ。きっと今頃もっともっと大きな人になっているだろうなぁ。無事に天下を治めててくれてるかな?」

かつての主を思い出し語る佐助は、とても誇らしげで良い笑顔を浮かべていた。それだけでその人物の素晴らしさが伝わってくるようだ。

「ねぇ、最後に一度でも良いから、一緒に佐助の生きていた世界に行けると良いね。それで佐助の主という人に一目会いたい」

「そうだねぇ。お互い歳取っててびっくりするだろうな」

私の言葉に、佐助は真っ白な笑顔で頷いた。今も幸村さんは佐助の中でとてもきれいな領域だった。戦国でのほとんどが佐助にとって闇であっても。









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -