「ばれたいで?」


明らかに不慣れな発音で舌に乗せた言葉は、想像以上に間抜けな響きで空気を振るわせた。
語尾などから西特有の訛りを彷彿とさせるが、なるほど確かに相手は堺の豪商の子息だったはずだ。大きな船着場があるあの街独特の言い回しなのかと首を傾げれば、目の前の小さな後輩は苦笑交じりに手を振ってみせた。


「ちがいますよぉ。ばれたいで、じゃ食堂のおばちゃんの口ぐせみたいになっちゃうじゃないですかぁ」

「? じゃあ何と言うんだ?」

「ばれんたいんでい、です」


頑是無い幼子に教えるような丁寧さで発されたそれはどうにも耳慣れない。聞けば、南蛮の祭なんだとか。


「そのばれんたいんでいとやらは何を祭る催しなんだ?」

「えっと、好きな人とか、大切な人にありがとうって伝えるおまつりらしいです」


大切な人。言うと同時にほにゃりと笑ったしんべヱのほっぺたが可愛らしい。
同級の立花はこの後輩ともう一人、しんべヱと同じく一年は組の喜三太を毛嫌いしているらしいが、全く意味がわからん。思わずその頬をぷにぷにとしてやりたくなる衝動を抑えつつ、ずいと差し出された小包に視線を落とした。


「なので、これはぼくたち一年生から、舟先輩に日頃のお礼です!」

「お、俺に…?」


先ほどまでばれんたいんでいの意味すら知らなかったというのに、何たる僥倖か。名前の通りふくふくとした見目の後輩が愛らしすぎて心の臓が破裂しそうだ。


「いいのか?そのばれんたいんでいとやらは、大切な人に礼をするものなんだろう?」

「はいっ!六年生の先輩方には、ぼくらとってもお世話になってますから!」


にこっ!擬音つきの笑顔の衝撃波にやられた俺は、思わずその場でくず折れた。可愛い。こんな可愛い光景に出会えるなら、毎日ばれんたいんでいだっていいのに。
今度こそ心の臓が破裂したかと思うほどの衝動を抑えきれず、目の前の後輩の頭を思い切り撫で回す。きゃあきゃあと歓声をあげて喜ぶしんべヱは、まるでふっくらした子犬のようだ。


「ありがとう、しんべヱ。大切にする。皆にもそう伝えてくれ」

「はいっ!あっ、でも早く食べて下さいね!腐らせちゃうとまずいので!」


どうやら中身は食物らしい。耳元まで包みを持ち上げて左右に揺らすと、小さくコロコロと音が聞こえる。はて、この大きさからすると饅頭などではなさそうだが。
振り向き様に手を振りながら次なる「大切な人」の元まで走っていくしんべヱを見送りながら、冷え冷えとした廊下を足早に歩いた。

辿り着いた自室で包みを開けてみると、見たことのない菓子が詰められていた。どのように食すかも分からないそれについて図書室で調べてみると、どうやら「ちよこれいと」という物体であることが判明した。
かりんとうのようにも炭のようにも見えるそれを恐る恐る口に運んでみると、カステラや金平糖よりも甘く、ほんのりと苦味が指す独特の味が口内に広がる。


「美味しい…」


まだ春遠い寒さの中、一足先に花開く梅の蕾のように頬が綻ぶ。どのくらいの期間保存できるものなのかもしっかり調べ、一日に一つずつちよこれいとを食べていいことにした。

さて、こんな素敵な贈り物を頂いたからには、何かお返しをしなければ。
火鉢にそっと手を翳しながらにやにやとほくそ笑んでみれば、偶然居合わせた潮江に物凄く不審な目を向けられる。何とでも言うがいいさ。今の俺の心は春の温かな光に満ち満ちているのだから。


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