昼下がりの風に軽く前髪が踊る。
呼び出された火薬倉庫の裏手は、環境柄割合にからっとしている。そりゃ土が湿ってたら倉庫内の火薬に影響するものなあなどとぼんやり考えていると、こちらの上の空具合(実際は現実逃避に近いのだが)を察したらしい相手方が、「あのう」と気まずげに声を発した。


「…ああ、申し訳ない」

「い、いえ。お呼び立てしたのはこちらですから」


当たり障りのない口上を二つ三つほど交わしてから、さてでは本題はと口火を切る。場所も場所だし、相手はくノ一教室の生徒だし、そして何よりその真っ赤に高潮した頬が言葉以上にその用件とやらを物語っている。
もじもじと後ろ手に何かをいじるような仕草をしつつ、ちらちらとこちらを上目気味に見やる姿は実に可愛らしい。名前を何といったかはっきりと覚えてはいないのが悔やまれるが、これが真実の姿ならばさぞかし野郎共に人気があるのだろう。

そんな女性と人気のない場に二人きりなんて、垂涎ものの状況だ。


「こ…っ、これ!立花仙蔵くんに渡して頂けませんか!?」


ああ実に、実に羨ましいことだよ。立花このやろう。





「と、いうわけなのでこれを受け取りやがれ」

「…何が『というわけ』なのかさっぱりわからんのだが」


ビシッと音が立ちそうな動作で預かり物を眼前に突き出す。すると件の立花はつり目がちな双眸をぱちくりと瞬かせ、それから胡乱気にそれを眇めて見せた。


「見りゃわかるだろう。恋文だよ、くのたま発、俺経由、お前着のな」


嫌味たっぷりに文をちらつかせると、そっと焚き染められたのであろう香の匂いがふと溢れ出す。香道にさほど明るくはないのでこれが何の香りだったかは思い出せそうにないが、それ自体は決して安価なものではない。きっといいとこのお嬢さんなのだろう。
ということは逆玉の輿か。ますます嫌味な話となり、当て馬どころかただの配達員代わりにされた俺の立つ瀬のなさも一入だ。

やさぐれるこちらの心情など介すこともなく、立花は小さく溜息をついて文を受け取った。一頻り外観を眺めていたようだが、差出人がわからなかったようでこてりと首を傾げる。


「これは誰から受け取ったんだ?」

「名乗られなかったからなあ。背丈は俺の肩口くらいで、肩が弱そうだったかな。手裏剣は得意じゃなさそうだ。手もさほど荒れてはなかったし」

「………」

「髪は墨色で、たれ目がちな可愛らしい子だったな」


とりあえず思いつく限りの特徴を述べるが、「それじゃあわからん」と立花はまた溜息を落とした。


「お前も度々文の渡し役に選ばれるんだから、そろそろ顔と名前くらい覚えてもよさそうなものを」

「お前それすーげえ嫌味だからな…」


やれやれとばかりに首を振る立花に、何故かこちらが悪かったような心地にされる。色男にはわからないかもしれないが、俺にだって意地とか沽券とかいうものが存在しているのだぞ。


「斉藤のとこと違ってお前や中在家に文を出すような子は大人しいというか、奥床しい子が多いんだよ」

「何、お前長次宛のも頼まれてるのか」

「そこかい」


あからさまな「可哀想に」という眼差しに米神がひくひくと疼いた。おい立花よ、飴ごときで懐柔できると思うなよ。お前俺のこと一体いくつだと思ってるんだ。


「まあそれは兎も角、お前はその認識から改めた方がよさそうだな」

「認識?」


言いつつ、立花は先ほどの文をよこしてきた。まだ封を切ってもないというのに、俺に渡してどうしようというのだろうか。
行動の意図が読めず首を傾げると、仕草で開けてみろと促してくる。人様の恋文を読んでやるような趣味はないのだが、有無を言わせぬ立花の態度に渋々和紙をくるりと解いた。
と、文とは別にぽろりと零れ落ちる小さな包み紙。


「? 何だこれ」

「惚れ薬。まあ言うところの媚薬だ」

「………は?」


さらりと述べられた、しかしあまりに突拍子もない一言に我が耳を疑う。包みを拾おうとして屈めた体勢のまま立花を見上げると、腕を組み真面目な顔でこうのたまった。


「いいか舟、いくら優しげ大人しげに映ろうとも相手はくノ一。それもお前相手に頼みごとをしてくるということは、恐らく上級生だろう」

「だから?」

「女だからと甘く見るなということだ。儚げな見目で覆い隠しても奴らほど狡猾な考え方をする輩もそうおらん。今回はこうして薬包紙に包まれているからいいものを、相手によっては開いた瞬間麻痺毒をぶちまける仕掛けを繰り出すような者もいるからな」

「………」


淡々と述べられる内容に、色事とは縁遠い俺はさあっと顔を青くする。もしや立花はそういう経験があるのだろうか、などと邪推も交えつつ混乱する脳裏に、床に落ちた白い薬包紙がとんでもない毒物のように思えた。


「…ごめん立花、お前も苦労してたんだな」

「何やら引っかかる物言いだが、理解したならまあいい」


茶でも飲んでいけという立花に誘われるがまま、座布団に腰を据える。すると何となく手放せずにいた先程の文が手の中でかさりと音を立てた。
それに気付いた立花は、茶器を取りに出かけた足をくるりと返して。


「…丁度用具が焚き火をしていたな。そこにくべてしまうか」


何の感慨もなさげにそう吐き捨てるのが、あの恐怖を感じたあとだというのに少し寂しく思えてしまうのは、やはりもてない男の僻みになってしまうのだろうか。



***
六年生で人気があるのはやっぱり立花先輩だと思う。


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