忍術学園は全寮制の教育機関である。生徒は基本2、3人単位で一部屋を割り当てられ、同輩同士の共同生活により自主性だとか協同性だとかを高めている…らしい。(単にスペース上の都合という気がしなくもないが)

かく言う俺こと一ノ瀬舟も、学園一人数が少ない六年生とは言えきちんと二人部屋を与えられている。だがしかし、学園の人間でその事実を知っている者は少ない。
なぜなら「俺たち」のものであるところの一室には「俺一人」の荷物しかなく、また「俺一人」以外の居住者が出入りしているところを見た者はほとんどいないからだ。人はこれを学園七十七不思議の一つと呼んだり呼ばなかったりするらしいが、その真相は意外と馬鹿馬鹿しいものであったりする。


「…で、今回はどちらに行かれてるんでしょうか」

「えーと、確か播磨だか美作だかの方まで足を伸ばすようなことを文では言ってたけど」


昼飯を取るために訪れた食堂は、遅い時間帯とあってか人もまばらだ。おばちゃんお手製のランチに舌鼓を打っている矢先、何やら泥臭い有り様でやってきたのは一年後輩の竹谷八左ヱ門だった。どうやらまた逃げ出した毒虫の捜索に駆り出されていたらしい。
折角なので相席しやがれと先輩の権限を振りかざして着席を促す。「汗くさいっすよ」などとのたまいながら苦笑する竹谷は、装束の袖を肩口まで捲り上げていた。惜しげもなく晒し出される綺麗に筋肉がついた男らしい二の腕に、「大きくなったなあ」などとしみじみ思う。

他愛もない話に花を咲かせていると、ふいに話題が我が同室者様のことに移った。知る者の少ない俺の同室者事情をなぜ竹谷が知っているかといえば、何ということはない、彼奴はこの後輩と委員会を同じくしているがゆえだ。


「唐突に梨が食べたいと言い出してなあ」

「梨…ああ、ちょっと空気とか秋めいてきましたもんね」

「何でも生物委員会で飼っているオニヤンマを眺めている最中に思いついたらしい」

「季節感って大事っすよね」


相槌を打ちながらも竹谷の目はどんどん遠いものになっていく。きらきらと輝くはずの後輩の瞳に何か淀んだものが浮かぶ様など見たくもなかったが、これも同室者のよしみだと小さな声で謝罪しておいた。


「何で一ノ瀬先輩が謝るんですか。それもこれもうちの委員長が妙な放浪癖ぶら下げてるからいけないんでしょうが」

「いや…これでも6年間同じ釜の飯を食ってる仲だからなあ。お前のことも他人事に思えなくて」


俺が所属しているのは火薬委員会のはずなのだが、事情は違えど後輩に「委員長代理」などと仰々しい役職を任せてしまっていることに罪悪感が拭い切れないのも事実。
一応俺は学園内にいることはいるし、後輩の久々知も納得した上で代理を買って出てくれているが、一方の同室者はとんだ悪癖の持ち主で、思い立ったが吉日とフラフラどこぞへ旅立ってしまうという困り者なのだ。勿論竹谷は委員長代理を承知しているわけでもなく、何度もふん縛っては逃亡を図れないよう画策してもいるようなのだが…。


「あ〜…畜生、縄抜けくらいチョロいのは知ってたけど、神経性の麻痺毒の中和なんて自前でできちゃうもんなのかよ…」

「あいつは昔から見境なく目に付くものを口にしてたから、そんじょそこらの毒薬なんか効かない体になったと言ってたぞ」


信憑性などほとんどないいつもの冗談だろうと聞き流していたが、それがこんな形で返ってこようとは。俺がどうにかできたことでもないのだろうが、竹谷には本当に申し訳なく思ってしまう。


「俺、ちょっと最近あの人が人間かどうか疑わしくなってきたんすけど」

「大丈夫だ、俺は出会って一週間目くらいでそれを感じ始めた」


盛大な溜息を隠そうともしない竹谷に、せめてもの哀れみでおかずを一品譲ってやる。すると大型犬のようなこの後輩は力ない笑顔を返してくれたが、本当にどうしたものやら。
考えることさえ無駄であるようにも思えるのがとても空しい。ああ、それもこれもあの同室者のせいだ。


「でも俺、委員長がいなくていっこだけ嬉しいことがありますよ」

「奴の非常識っぷりを目の当たりにしなくていいことか?」

「違いますよ! いやそれもちょっとあるかもしんないですけど!」


じゃあ何だと問えば、竹谷は少し恥ずかしそうにはにかんで、「一ノ瀬先輩が気にかけてくれることです」と答えた。その破壊力たるや筆舌に尽くしがたいとはまさにこのことだと思わせるほどだ。
あんまり可愛くていじらしいその様に、俺は楽しみに取っておいたデザートも譲ってやることにした。よしよし、次に彼奴が帰ってきたら俺もおしおきと逃亡阻止に全力をあげて協力するからな。



***
生物委員会委員長は要領よしのスナフキン。勿論捏造です。


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