人にはそれぞれ領分…というか、生きる世界というものがあると思う。
そんなことはこの学園に入学した時から分かりきっていたことなのだが、最近そのことをとみに痛感するようになった。年かな、などとは考えたりしない。年初めのご来光を拝み齢十五になったとは言え、こちとらまだまだ学生の身。人生これからだというのに既に悟りを開いてしまいそうな自分がいるだなんて信じたくもない。
「おおいいところにいたな舟!一緒にバレーしよう!」
「…またお前か七松」
それもこれも、全てはこの暴君と称される男のせいだというのだから頭が痛いものである。
授業も実習も学園長のおつかいもない静かな昼過ぎ、昼食を終えた俺は図書室で借りた本でも読もうと自室で文机に向かっていた。このところ巷で人気の作家が手がけたという御伽草子は、子どもだましと知ってはいながらいちいちわくわくしてしまう。いつになく集中して次のページを捲る手を進めていた矢先、男は嵐を伴って空間に割って入ってきやがった。ちなみに、別段今更という気もするが、断りなど一切なしの狼藉である。
唖然とする俺など意にも介せず、何故か泥だらけの男はにっかと笑って高らかに言った。「一緒にバレーしよう」と。
「バレーの前に俺はお前に言いたいことが一杯できたぞ」
「んん!ならば聞こう!」
「その心意気やよし。それじゃあ言わせてもらうが、いいところと言うがここは俺の部屋だから俺がいるのは当たり前だ。それから戸を開ける前には一言断れ、服の泥を落とせ。誰が掃除すると思ってるんだ」
「ほんとに一杯だなあ」
「だからそう言い置いただろ」
べらべらと構わずに難点をあげつらう俺を七松は阿呆のような顔つきで眺めていた。説教しているつもりではないが、いつの間にやら互いに正座をしてしまっている。
「言いたいことはそれで全部か?」
「まだまだあるけど、とりあえずは」
「じゃあバレーしよう!」
「お前全然聞いてなかっただろ」
苦言の終結を見るや否や、七松は手にしていた白い球体を頭上に掲げて嬉しそうにのたまった。こいつどんだけバレーやりたいんだ。いつもなら体育委員や同じろ組の中在家あたりが相手をしてそうなものを。
「悪いが俺は見るからに忙しい。本の続きを読まないと返却期限がきちゃうからな」
「む、それは大変だな。長次は期限にうるさいものなあ」
それを告げた途端神妙に眉をしかめた七松は、同室なだけに中在家の性質をよくわかっているようだ。ともあれこれでバレー地獄からは開放されたようだ。よかったよかった、一件落着で「じゃあ読み終わったらやろう!」
「ええっ!?」
にこにこ笑うその笑顔が眩しい。眩しいというか最早痛い。先ほどまでの正座を崩し、既にごろりと横たわりくつろぐ姿勢を確立している七松は、呆けている俺を見るなり「早く読め!」とか催促してきやがった。
…いやいやいや、だからどうしてそこまで俺とバレーしたがるのかよくわからないんだけど。
「舟舟、あとどれくらいで読み終わる?」
「…いや、まだ半分過ぎたくらいだから」
「そうか、頑張れ!」
「だから、他の誰かを誘え」という俺の気遣いをばっさりと遮った七松は、何に対してだかよく分からない応援の言葉を投げかけてきた。内心疑問符だらけの俺をよそに、手元のボールと戯れる七松。…ああ、何かほんとに頭痛くなってきた。
気のせいとは思えぬ頭部の痛みに額を押さえつつ文机に向き直ると、既にどのページまで読んだのかがわからなくなってしまっていた。思わず溜息が漏れる。まったく、一体俺の何を見て一緒にバレーなどと言い出したのか。そもそも俺はあまり球技に精通しているわけではないというのに。
「…七松」
「ん!もう読み終わったか?」
「いや、とりあえず服の汚れを表で払ってきてくれ」
何にせよ、話はそれからだ。
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