「白玉粉はお米から作られているのでとても栄養価が高いんです。しかも粉末にすることで吸収もとてもよくなるそうですし、こうやって糖蜜と一緒に冷やせば暑い時でも美味しく食べられると思って」
「…何で桜色だよ」
「そ、それは…彩り、で?」
そこら辺は全てあたしの案ではないため、うやうやと言葉を濁して返答する。やや目が泳いだのを見咎められたが、相手の口角が上がっているようなので機嫌を損ねたわけではないらしい。あたしはほっと息を吐き出す。
「ただ白いだけより可愛いでしょう?それから後はこれをこうして…と」
そうして少し体を浮かせて、背後に忍ばせていたものを指先に摘んだ。零れ落ちるようにして糖蜜の海に浮かぶ赤い星たちは、しっとりと肌を濡らして水面でぱっと咲き乱れる。
「ルコウ草っていう花です。丁度今朝方咲き初めのものを見つけたので」
先程厨房へと向かう際、偶然それが目についたのだ。星のような形の花弁は真紅に染まり、指先に触れるような儚さに溜息が漏れる。
「桜色に赤が映えて、花火みたいじゃないですか?」
「………」
単なる思い付きだが思いの他綺麗なその色合いに、意図せずほこりと笑みが零れた。
てっきり相手も共感してくれたものとそのまま振り返る。が、やっとこさ上半身を起こした高杉は読みづらい表情をしたままだった。
「…え、と…あの」
微妙な色を灯す瞳に射抜かれて少しだけたじろいでしまう。…考えてみれば、この男にそういう情緒だの何だのを求めるのはそもそも間違っていたのではないか。他人の心を推し量れないような人間が、こんなことで食欲を醸すとは到底思えない。
じっと、読めない双眸がこちらを見つめている。温度を感じないそれにあたしのやる気はすっかりその矛先を折られてしまったようで、しおしおと顔を俯けるしかなかった。
「…も、申し訳ありませんでした。これでも一応、何か食べて頂こうと考えたんですけど…」
しゅんと項垂れて言うあたしに、しかし高杉は全くと言っていいほど頓着しない。ああ、こうして今日もまた料理番の人たちの苦労が水の泡になってしまうのか。
情けなさに打ち震えていたところへ、しかしカランという涼しげな音が響く。続いて鼻先に突きつけられたのは甘い芳香で、何だと思って顔を上げれば頭突きをしてしまいそうな位置に先程のガラス椀が差し出されていた。
「…え?」
伸ばされた腕を辿れば当然の如く包帯を巻いた憎き男の顔へと行き当たる。行動の意図が読めずに眉を顰めるあたしだったが、まるで受け取れとでもいうように高杉は腕を引っ込めようとはしなかった。
「早く取れ。腕が疲れる」
「…いえあの、仰る意味がよく…」
これはアレだろうか。こんなもん食えるかという無言の抵抗だろうか。…どうしてここまで心を砕いてやっている側の人間が、こうも屈辱を受けねばならんのだ!
そう結論付けて断固受け取りを拒否するあたしに高杉はむっとした表情をしてみせた。
「いいから、早く」
「え、ちょ…っ」
有無を言わせず押し付けられれば、中身が零れるのを恐れて手を出すしかないではないか。そうして結局手元に返って来てしまった器にあたしは溜息を零す。どうしたものかと糖蜜に移りこんだ自分の顔を見つめていると、何故か偉そうに姿勢を崩した高杉がちょいちょいと指先を動かしているのが見え。
「…はい?」
「早く」
端的にそれだけ言われ、正直にあたしは戸惑った。早くって…何それ、とっとと膳を下げろってことか?自分なりに相手の意思を汲み取ろうと必死になるが、やはりこの傍若無人お坊ちゃんの考えなど庶民代表みたいなあたしに量れるはずもない。
と、おろおろするあたしに焦れたのか、高杉がおもむろに口を開いた。
「食わせろ」
「は、」
「お前が作ったんだから、お前が手ずから食わせろ」
「…はあ?」
…いや、やっぱり意味が分からないんですが。
目を白黒させる間もなく催促の視線が寄越される。仕方なく匙で白玉を掬ってそのまま口元に差し出してみた。細められた双眸と視線が絡み、どきりと胸が高鳴るのを認識する。
「………っ」
思わず腕が引っ込もうとするが、それごと噛み付くように高杉の唇が開いて匙の先が捕らえられる。無駄にいやらしくそこを舐め取り、噛み砕いて嚥下しようとする一連の動作がやたらと長い時間に感じられた。
…な、何て破廉恥な…!
ごくり。高杉の喉がなって、白玉と糖蜜が飲み下されたのが分かる。その間ずっとそこから目を離すことができず硬直したままだったあたしに高杉は挑発的な視線を寄越した。ぺろりと赤い舌が唇を這って、そのまま皮肉っぽい笑みが形作られる。
「まァ、不味かねェな」
「…は、はあ」
囁くように言われた言葉に、あたしは間抜けな返事しかできなかった。しかし次の瞬間には何とか我に返り、乱暴に膳にガラス椀を戻して勢いよく定位置へと後ずさる。
「…っこ、子供みたいなこと言ってないでご自分で食べて下さい!」
紅潮する頬を抑えられずに吠えるあたしを高杉はそれはそれは面白そうな目で見ていた。またからかわれたのかと思うと羞恥と情けなさで自害したくなる。どうしていつもいつもこうなってしまうんだ…!
こちらが悔しさに歯噛みしていることなど意にも介さず、高杉はくすくすと軽やかな笑いを漏らす。頭上に降り注ぐその音だけはどこか涼しげで、同時に響いた花火の音に夏が過ぎ行くのを感じさせられた思いになった。
「今年は祭りが見れねェとふんでたんだがな」
「え?」
「…夏の桜か。中々乙じゃァねェの」
くつり。喉で転がす笑いに花火が被さるように弾けるのを聞く。開け放たれた窓から入り込む風は未だ生温さを孕んでいて、頬の熱を冷ましてはくれないようだ。
どぉん、どぉんと遠くの空で夏が鳴いて、揺れる水面に真紅の欠片が散った気がした。
ああ、そこを愛でて下さいませんか
(0810/おめでとう!)
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