目的もなくぶらぶらと市街を歩き回る。この辺りはターミナルからも少し離れた地域だし、あたしが暮らしていた花街とも違う場所なので新鮮味がある。


「見て下さい土方さん、出店が一杯ですよ!」

「ここらは演芸場やら舞台ばっかだからな。観客目当ての店もそりゃ多い」


さすが巡察で鍛えた土地勘というか、興奮するあたしに土方はなおクールなままだった。先ほどマヨネーズを購入した時はそれなりに嬉しそうだったけど、その後はまた元に戻ってしまったのだ。この人に心から楽しいとかリラックスなんかがあるものなのだろうか。


「それに内部事情も調べなくちゃいけないしなあ…」

「あ?何か言ったか?」


小さく一人ごちたつもりだったのだがどうやら聞かれていたらしい。ぎくりと肩を揺らして振り返ると怪訝そうな顔の土方と目が合った。内容までは聞かれていないらしいが、そう言えばこの人鬼とか呼ばれてるんだった。


「い、いえ何も。それよりちょっとお腹空きませんか?」

「ああ?それこそさっき朝飯食ったばっかだろうが」

「朝御飯はもう3時間前のことですよ。そろそろお昼ですし、そこらの茶店に入りませんか?」


無難に話を逸らしつつ土方の注意を昼食に向けさせる。表面上は笑顔を取り繕いつつも内心冷や汗ダラダラである。こういうところはどれだけ鬼兵隊に身を置こうとも慣れるものではないのだ。

慌てて指定した割りに茶店の雰囲気はいいものだった。表の喧騒もほどほどに和らいでいるし、何より冷房が効いているわけでもないのに涼しいというのが最高だ。
暖簾を潜ると可愛い制服のお姉さんが出迎えてくれた。鴇色に不思議な模様のついた着物にあたしが見惚れている一方で、しかしお姉さんは背後の土方に見惚れていたようだ。「いらっしゃいませ」の台詞が尻すぼみになった上、その次の案内がないことに首を傾げると、はっと我に返ったように顔を赤らめた。


「…罪な男ですね」

「何が」


土間から小上がりに通され座敷席に座る。一席ずつ衝立や背の低い仕切りで区切られた二畳ほどのスペースに、机と藁製の座布団が二つ。相対して腰掛けると天井から柔らかい電灯の光が落ちてくるような感覚になる。ふむ、この感じ凄く好きだなあ。


「いいお店ですね。結構盛況な割りに静かだし」

「定食屋以外に入ったのは久しぶりだ」

「すんごい親父臭いですねえ」

「しみじみ言うな」


メニューから適当に注文を取り、運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。相変わらず土方の方は昼食というよりただのマヨネーズ摂取だったが、まあそれさえ気にしなければ非常に美味しいご飯だった。食後にはほうじ茶もついてくるというサービスで、視覚の脂っこさも幾分減少である。


「そう言えば、真選組ってどれくらいの人数がいるんですか?」


と、一服していたところで他愛のない話題として一つ聞いてみる。勿論他愛のないわけではなく聞き込みという下心バリバリの質問なわけであるが、何となく世間話ぽさを漂わせつつ本懐を遂げようと試みたのである。
すると煙草に火を点けようとしていた土方が視線だけでこちらを向いた。表よりずっと暗い空間にいるせいか三白眼が余計に恐ろしく見える気がする。


「…んなこと聞いてどうする」

「ど、どうするって…別に他意はないですよ。ただ腹ごなしの話題を提供しただけです」

「どうだかな。大体たかだか陰間座敷の人間が真選組の構成なんざ知って楽しいかよ?」

「たかだかってのは聞き捨てなりませんが、日頃僕らの安全を守ってくれてるお巡りさんへの純粋な興味はあります」


どうやら土方はまだあたしに対して疑心暗鬼になっているらしい。そりゃ確かにこちらが潔白という照明もないのだから当然と言えば当然のような気もするが。
中々点きの悪いライターに苛立つ右手からマヨネーズボトル型のそれを奪い取ると(こんなとこまでマヨラーか)、慣れた仕草でボッと火を起こしてみせた。土方はそれにちらりと視線をやってから煙草に火を灯し、背後の間仕切りに凭れかかって紫煙を吐き出す。


「しょうがねェな、じゃあ今の点火賃ってことにしといてやるよ」

「こっちが下心ばっかりみたいな言い方やめて下さい」


どうやら礼のつもりなのか、土方はぽつぽつと真選組の構成を語り出した。
真選組には現在十の隊が存在する。トップは言わずと知れた近藤勲局長、それに続いて土方十四郎副長、その他参謀職、総長職というのも時によりけりで存在するらしく、その下に連なるのが件の十部隊である。


「一隊の構成は15人前後ってとこか…まあ部署によりピンキリではあるな。他に監察部隊やら勘定方やら、こまごました組織もいくつか存在する」

「へ、へえ…」


世間話と称した以上メモ書きなどはできないので出来る限り頭に叩き込む。もしかしたらこれくらいのことなら武市様辺りが把握しているだろうが、それでも持ち帰る情報は多いに越したことはない。
それにしても敵方のスパイかと疑うあたしの前で土方は結構べらべら喋ってくれているようで、次第にこちらが不安になり始めた。こんなに話しちゃって警察として大丈夫なんだろうか。あたしがあたしでなく、本当に有能な聞き込み要員とかだったら大惨事になるというのに。
おろおろし始めるあたしに、けれど土方は話す口を止めない。こんなに饒舌だったかと思わせるようなその口ぶりは何やら嘘八百を捲くし立てているようにも思えるが。


「あ、あの土方さん」

「あ?」

「そ、そんなに話しちゃって大丈夫なんですか?」


言いだしっぺにも関わらず明らかに不安を顔に出すあたしに、土方はにやりと人の悪い笑みを見せる。そうして短くなった煙草を銜え息を吸い込んだかと思えば、そのままこちらに向かって思い切り紫煙を吐き出してきやがって。


「! ゲホッ!」

「クク、ビビッたかよ?」

「ゴホッ、な、何言ってんですか!」


人を食ったようなその表情にあたしはカッと顔を赤らめる。やはり口に出していたのは彼らにとって取るに足らない情報であったらしく、心配気に顔色を変えるあたしを見て楽しんでいただけのようだ。


「つーか万が一俺が口を滑らせたところで、お前如きの脳みその容量じゃ把握しきれねェだろ」

「何ですかその失礼な発言は!折角人が心配してるっていうのに!」

「そりゃどーも。ま、何にせよお前の目的はどう足掻いても達成されないっつーことだ」

「だ、だから別に他意なんて…!」


クスクスと意地悪げに笑う土方をねめつける。くそう、どうしてこうも一挙一動に馬鹿にされてる気分になるのだろうか。
綺麗な仕草で煙草の灰を落とす相手を睨みつつ、既に冷め切ったお茶で頭を冷やそうとする。ああほうじ茶が美味しいですこと!


「あとは?何が聞きたい?」

「…もういいですよ。何か疲れました」


尋問でもしているつもりなのだろうが、如何せんこちらがダメージを食らうばかりだ。一筋縄ではいかないとは思ってはいたものの、歯牙にもかけられないというのは中々悔しいものがある。

結局大したことは聞きだせずにあたしたちは店を出ることにした。お会計の際先ほどとは違うお姉さんが対応してくれたのだけれど、その人も同様に土方に見惚れているのが痛いほどよく分かった。


「…すみません、ご馳走様です」

「おう」


しかもその上全部奢られてしまうってどういうことだ。一応少しばかりのお小遣いは持ってきたというのに、ガキに払わせられるかと押し切られてしまったのだ。「男の顔を立てるのも客商売では重要だろ」とか言われてしまったら、返す言葉も出ない。(禿の時は男性にご飯奢られるなんてことも早々なかったしなあ)

店を出ると既に時計は午後を指していて、一日でも最も日差しの強まる時間帯に差し掛かっていた。いくら気丈に傘はいらないと言ったあたしでも流石にこの西日は堪えると、店を出て早々に日陰に飛び込んでしまう。


「あー、あっつい…」

「やっぱり傘持ってくりゃ良かったじゃねェか」

「粋ってものを分かってませんね土方さん…」

「このくそ暑いのに粋も何もあるか阿呆」


着慣れない動きづらい着物にぐったりするあたしを見かねて土方が溜息を吐く。そのまま店先の座椅子に腰掛けさせてもらい、気を使ってか土方はふらりとその場を離れてしまった。


「何か全然上手くいってないかも…」


土方を休養させるという話も、潜入捜査を達成するという目的も、何やかんやかわされて決行できずにいる。その上暑さにやられている始末では本当に目も当てられないというものだ。ああ、何か涙出そう。

長椅子に倒れこみたい気持ちを抑えつつ額の汗を拭う。ふと顔を上げるとそこは女性向けの雑貨屋であるようだった。なるほど、だから土方は席を外したのか。見た目通りこういう場所には弱いんだなあ。
などと考えつつあまり人の入っていない店内をぐるりと見回す。そう言えば以前まだ玉響屋にいた頃、高杉に連れ出されてこんな店に入ったっけ。あの時もお付みたいなものだったけど、何でかお駄賃として簪を買ってもらって…


「…ってわああああああ!!!!」


ぼんやりと思考の海に浸かるついでにいらないことまで思い出してしまった。
高杉にもらった夜色の簪は今も私室の抽斗に眠っている。すっかり店に置いてきたと思っていたのに、姫様が送り届けて下さったのだ。思えばあの簪を巡っても、色んなことがあったような気がする。


「…あー、姫に会いたい…」


思い出しついでに郷愁に耽るのは、多分こんな薄暗い場所にいるせいだ。椅子に倒れこむ寸前のような視線で固まっていると、ふと頭上に影が落ちるのを感じた。


「何呆けてんだ」

「…はっ、土方さん」


そっと顔を上げれば逆光の中佇んでいたのは黒髪の麗人で、その手には爽やかな青に染まった缶が収まっている。


「ほら、とりあえず水分は補給しとけ。倒れたら見捨ててくぞ」

「…何か素直にありがとうと言いづらいんですが」


買ってきてくれたらしいスポーツドリンクで喉を潤すと、悶々としていた思考が一気に晴れた気がした。あたしも結構単純にできているものだ。


「ありがとうございました。お陰でまだまだ歩けそうです」

「いやもういいだろ、体調悪いんなら帰ろうぜ。というか俺を帰せ」

「それはダメだって言ってるでしょうが。今日は夜まで遊びますよ」

「…休養じゃなかったのかよ」


回復したあたしに代わりぐたりと首を項垂れたのは土方の方である。しかし、そんなことを言っても付き合ってくれている辺り優しい人なのだと思う。


「折角だから何か演芸でも見ますか?色々面白そうなのやってますよ」

「あ?どうせ子ども騙しだろ。俺ァそういうのに興味は」

「ミュージカル版となりのペドロリバイバルのことですか?でもそれ以外にも結構、」

「よし行くか」


…が、よくツボの分からない人であることも確かだ。



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