――真選組副長こと土方十四郎は、非常に不機嫌だった。


「そ、そう気を張るなよトシィ。いつものキャバクラ遊びと思えばいいじゃねェか」

「アンタと一緒にしねェでくれるかな近藤さん…言っとくが俺ァ一度たりともキャバ嬢や芸妓に入れ込んだことはねェ」


道中の足として宛がわれた黒塗りのロールスロイスの中、相席した近藤の言葉にもその頑なな心は解れないようだ。

彼らはこれからとある幕吏――名を錫高堀衛門某というらしい――の接待のため、江戸は芳町へと車と飛ばしているところなのだ。
日頃チンピラ警察だのゴロツキだのと揶揄される彼らとて幕臣の末端、命令があればこうしてお偉方の相手をすることもしばしばある。大抵そうした席に呼ばれるのは局長である近藤とその右腕と目される土方なのだ。(時として沖田やその他隊士が指名されることもあるが、立場を考えてこの二人であることが多い)
故に今更接待役に回される我が身を嘆くほどの可愛い気を持ち合わせていることもないが、それにしたって今回は酷すぎるだろう。


「…どうしよう近藤さん。俺今ものっそい帰りたい。何とかしてここから逃げ出したい…あっ、実は実家のミーヤの世話があるから俺」

「トォシィィィ!!!いくら嫌だからって現実から目を背けるんじゃねええ!俺たちは腐っても真選組の代表として呼ばれてるんだからな、例えどんなクソジジイ相手でも笑っていなくちゃならねェんだ!」

「こ、近藤さん…」


柄にもなく精神破綻を起こしそうな勢いで弱音を吐く土方を近藤が叱咤する。互いが互いを支えあいここまでやって来た彼らは、今回もその絆によってこの苦境を乗り切ろうとしていた。


「とゆーかお前がここで離脱したら俺一人になっちゃうだろーが!ダメだぞそんなん!俺は別に選り好みをできるとは思ってないが、流石にお前の分まで絡まれたらもう手に負えん!その場で吐く!絶対!」

「…近藤さん」


絆の再確認に不意に泣きそうになった土方だったが、その後目にした近藤の何とも言えない顔色に一気にその熱が冷めた。アホらしい。ぐちゃぐちゃに混乱しかけた頭の恥で冷静な自分が嘲笑う。
土方は自動の窓を少しだけ開けると、懐に手を差し込んで煙草とライターを取り出した。再三禁煙を訴えられているがこればかりはどうにも止められそうにない。小さく灯る火が指先を照らし出す。思い切り吸い込んだ紫煙を窓の外へ向け吐き出すと、うるさいくらいのネオンがじんわりと滲んだような気がした。


「あーチクショウ…鳥肌立ってきた」


ただの接待ならばこんなに文句も出なかったかもしれない。しかし今回は、今回ばかりはそうはいかないようだ。
暗闇と目に痛い光が猥雑に溢れる街中を車は走っていく。その先に待ち受けるのが陰間街だと知らなければ、もう少し気分もよかったやもしれないというのに。


「…兎に角とっとと終わらせて帰るしかねェか」


煙混じりに吐き出した言葉が暗い車中に溶けて消える。月の見えない夜空はどこか重たげで、夏の到来を思わせる生温い夜風がふわりと前髪を掬い上げるのを感じた。

程なくして車はある大通りを右に折れる。それまでの人工的な明かりが一瞬途絶えると、見えてくるのはぼんやりと暗がりを照らし出す橙の提灯だ。一般的な花街ほど大きさや華やかさはないものの、独特の雰囲気がその一路を俄かに活気付かせているのが感じられる。


「程なく到着致します。錫高様も直にいらっしゃるとのことですので、暫しお待ち頂くこととなりますが」

「構わん。接待するのはこちらだからな、いくらでも待たせてもらうさ」


皮肉気に土方が吐き出して、手元の携帯灰皿に短くなった煙草を押し付ける。
音もなく止まった車から外を見れば既にそこは先程までいた場所とは異なる雰囲気を醸し出していて、何の用もなければ足が止まってしまうような風情すらあった。運転手と数言言葉を交わして車を降りる。目の前には一際大きな提灯が掲げられた店が佇んでいた。


「汀屋……ここか」


小さな呟きだけを残して土方は近藤の後に続く。ふと誰かに呼ばれたような気がして振り返ったが、そこにあるのは相変わらずの宵闇とどこか鼻につく香炉の香りだけだった。



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