静かな声音で何を言い出すのかと思いきや。エスプレッソの小さなカップを傾ける仕草にときめきつつも、回りくどく雨男を公言する千葉さんにどこかちぐはぐしたものを感じてしまう。これが世に言う「ギャップ」ってやつなのかしら?


「仕事をするとって…千葉さん何か仕事してたの?」

「ああ、というか今まさにその仕事中なんだが」

「嘘ばっかり!さっきからずっと私に付き合ってコーヒー飲んでるだけじゃない。それとも何?実は探偵とかで、こっそりマスターの浮気調査中とか?」


あからさまに面白がる私に、けれど千葉さんは割りと真面目な顔で「似たようなものだ」と返してきた。まあ、くるくると楽しむようにカップを回すその姿は、探偵らしいと言えるかもしれない。それもどこぞの居眠り探偵さんではなく、本格的にパイプとかくゆらせてそうな。


「素敵!長身でイケメンで探偵さんなんて、千葉さんってどれだけハイスペックなのかしら」

「いけめん…?」

「あら無自覚?そういうところも可愛らしくて世の女性はほっとかないと思うけど」


身に覚えの一つや二つあるだろうに、そらっとぼけてるのか本当に分かっていないのか。ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら首を傾げる千葉さんは本当に可愛らしい。こんなに大人な雰囲気なのに、母性本能をくすぐる技をも習得しているとは本当に侮れない。

店内にはずっとメロウな曲が流れている。クラシックらしきものだったり、外国の歌詞が入っていたりと様々だが、どれも耳に馴染んで心地よく気持ちを溶かしてくれる。
ふと、その中に耳慣れたものを聴いた気がした。口元に近づけたカップを外してスピーカーの取り付けられた天井を見上げる。


「…これ」

「…どうした?」

「この曲よ、今流れてるやつ。知ってる?結構前の歌手なんだけど」

「…ああ、これか」


態々カップをソーサーに戻して耳を傾ければ、何か思い至ったように千葉さんが答えた。どうやらこの曲を知っているらしい。そう言えば暇さえあればCDショップに出入りするという無類の音楽好きだと言っていたっけ。


「何て言ったかな…名前。私のお母さんとかと同じ年代くらいなのよ。お母さんがすきだからよく聞いてたんだけど」

「…藤木」

「! そうそれ!藤木…藤木かずえ?一恵よ!」


私の苦悩を見取ってか小さく呟かれた言葉。どうして苗字だけとは思うけれど、それで思い出すことが出来たからすっきりした。こういう時、先に言われちゃうと不完全燃焼に終わってしまうような気がするから、もしかしたら千葉さんは私に気を使ってくれたのかもしれない。


「綺麗な声よねこの人。凄く騒がれるってこともなかったみたいだけど」

「ああ…確かに。凄く綺麗な声だったな」

「その言い方だと本人と知り合いみたい。もしかして千葉さんファンだったりした?」


ニヤニヤと下世話な笑みを浮かべつつ問うが千葉さんから明確な答えは返ってこない。誤魔化されたのかとも思うがこれは彼の常套手段だ。こうして傍にいるくせに、決して踏み込ませようとはしないのだから。お陰で私は彼の年齢すら知ってはいない。
不満気な顔を隠すこともなくカップ片手にぶー垂れるも、相手にとっては子供の癇癪くらいにしか感じられないようだ。悔しいなあ。きっとどれだけ近づいたとしても、私が彼によって許容されることはないのだろう。


「良かったじゃないか」

「…何が」


珍しく千葉さんの方から口を開いた。むくれる私を慰めるような色は見えなかったけれど、それは彼の余裕で隠されていたからかもしれない。


「初めて君と気が合った」

「! え…」

「雨は嫌いだが、この歌手は嫌いじゃないんだろう?」


優しい問いかけに思わずこくこくと頷き返した。優しい笑顔。大人で、決して届かないと分かっているのに、私の心臓は高鳴ってしまう。


「奇遇だな、俺も好みだ」


言って、千葉さんはまた一つ小さく笑った。
本当に罪な人ね。そうして一体何人の女性の心を射抜いてきたのかしら?もしかしてこの人は、探偵よりもホストなんかの方が向いているかもしれない。そうしたらこんな場末の喫茶店で小娘とコーヒー啜ることもなくなるだろうに。


「…ふふふ」

「? どうした?」

「格好いいなあと思って」

「?」


小首を傾げるその仕草も、可愛くて嫌いじゃないのよ。決してすきとは言ってあげないけど、それは私なりの精一杯の虚勢だと思ってね?


「ずるいね千葉さん。私を、殺す気?」


雨はまだ、上がりそうにないよ。



花になる病
(よいこのただしいころしかた)

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死神の精度/Kotarou Isaka


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