さあさあと、雨が降っていた。
天気予報では確かこの先一週間ほど晴れマークだった気がするのだけど、私の住む町の上空にはどういうわけだか雨雲がやってきているらしい。静かに気配もなく降り出した雨は街を覆い世界を洗い流していく。チラシでちょっと気になっていた、ゴトゴト音のしない洗濯機の中みたいだな、と、あんまりロマンチックではないことを思った。

暖かい色のライトが灯る喫茶店は、私のお気に入りの場所であった。
あまり広くはない店内、カウベルのついたドアを開くと黒塗りのカウンターがあって、口ひげを蓄えたマスター朗らかに出迎えてくれる。L字型のカウンターの向こうにはソファや椅子が転々と配されていて、一つ一つデザインが違うそれはマスターの奥さんが選んだものであると聞いていた。そのうちの一つ、座面の広いダークレッドの一人がけソファが私のお気に入りだ。いつか足の高いカウンター席にも座ってみたいけれど、それは私がもう少しエスブレッソの似合う女になってからにしたいと思う。

正方形の座面に深く腰掛けて、淹れ立てのカフェラテを啜った。
ぼんやりと眺める窓越しには雨に濡れそぼつ町並みが青い色に沈んでいるのが見える。温かいカップを両手で抱えている今はまだ実感が湧かないけれど、恐らく外はそれなりに気温が低いのだろう。ああ、こんなことならもっと厚着をしてくるんだった。

舌打ちをしたい気持ちを抑えながらカップを口から外すと、正面に座った人物も同じ動作をしているのが見て取れた。背の高い彼は低めのソファに腰掛けどこか窮屈そうにしていたが、漸く座り心地のいい箇所を見つけたらしい。憎たらしいほど長い足を優雅に組みながらカップを傾けるその姿は、オシャレな洋画にそのまま登場しそうなほどに決まっている。
そんなことを考えつつ彼の額の辺りを見つめていると、視線に気がついたのかどこかやる気の感じられない瞳がゆったりと視線を絡ませてきた。


「…いい加減額に穴が空きそうなんだが」

「あらいいじゃない。そのくらいすればきっと私が横に立ってたって他の人から嫉妬されることもないだろうし」


淡々とした物言いに屁理屈を返してやれば秀麗な面差しが少しだけ歪む。神の作りたもうその造詣が私のために崩れるのはちょっぴり優越感だ。それが例え眉毛が3ミリほど動いただけのことであっても。


「今日は何時に帰るの?」

「さあ。君が帰る頃に俺も帰るさ」

「…ふーん、じゃあ私閉店までここにいようかな。どうやら雨も降ってきちゃったみたいだし」


いつも通りの素っ気ない口調。気に入らないなあとは思うのだけれど、それ以前に彼は私の特別な存在であるわけでもない。いつの間にか現れて、当然のように傍にいる。けれど決して触れてはこないし、私に何を言うわけでもない。まるでこの雨みたいな人だ。きっといなくなるのも私が気付かないうちのことなのだろう。


「千葉さんは、雨がお好き?」

「嫌いではないな」

「へえ、神経質そうなのに意外かも」

「…大概失礼だな、君も」


クールで紳士な大人の男性を困らせてみたいのは全ての女の子の願望でしょ?口には出さずとも満足気に微笑む私に、千葉さんは小さく溜息を吐いた。


「私はあまりすきじゃないな、雨」

「…なぜ?」

「だって洗濯物は乾かないし、髪の毛はうねるし。今日みたいな突然のやつなんて最悪よ。どうやったって濡れて帰るようじゃないの」

「なるほど」


当然の文句を当然のように口にすれば千葉さんは酷く感心したように頷いてみせる。そういう仕草は色んな意味でびっくりなんだけど、少し見開いた双眸が彼の存在を人間らしく見せるような気がして、私は決して嫌いじゃない。


「千葉さんは嫌じゃないの?背が高いから、人よりびしょびしょになっちゃうのに」

「背が高いのは関係ないと思うが…そうだな、嫌ではない」

「えー…変わってるのね。私とは気が合わないわ」

「嫌だとかそうでないとかいう以前に、俺と雨は切り離せないものだからな」

「?」

「俺が仕事をすると、いつも降るんだ」



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