「どうせこの後も暇なんだろ?夕餉が出来るまでちょっと付き合えよ」


顎をしゃくるような仕草でもって追従を促す政宗さん。そんな偉そうな姿ですら様になるのだから、全くお得な人材である。
はいはい、困った子供に対するような返答をすれば大きな手のひらが圧し掛かってくる。まだ濡れたままの髪がぐしゃぐしゃと掻き回されるのは、あまりいい気はしないのだけれど。


「犬じゃあるめえし、ちゃんと頭くらい乾かしたらどうだ?」

「これから乾かす予定だったんですー」


憎まれ口を叩けるようになったのも気付けばつい最近のような気がする。“こちら”に来たばかりの頃は、緊張とか混乱とかでそれどころではなかったから。

通されたのは政宗さんの私室だった。日中は書類仕事をしていたのか、部屋の隅に追いやられている文机には沢山の書状や巻物が雑然と乗せられている。


「…相変わらず、生活感のないお部屋ですねえ」


呟きと共に視線を巡らせるが、先に室内へと踏み入った部屋の主はふっと小さく笑いを零しただけだった。
上座に政宗さんがどかりと座すのを見届けてからわたしもそっと腰を下ろす。開かれた障子の向こうには大きな月が一望できる。まさに主たる人物のための部屋だと思った。


「…妬けるな」

「は?」


見事な満月に見入っていると横からそんな声がかけられる。何だと思い視線を正面に戻せば、脇息に肘を突きだらしなく姿勢を崩した政宗さんがニヤリと笑むのが見えた。


「さっきから月にばかり見惚れてるじゃねーか。横にこんなnice guyがいるってのによ」


メリケンポーズでのたまう政宗さんはどうやら相手にされないことを皮肉っているらしい。相変わらず大きな子供みたいなことをする人だなあ…。目を眇めつつそんなことを思っていると、何やら顔に出ていたらしく思い切り頬を抓られた。


「ひたたたた!」

「自業自得だ」

「ひ、酷い…」


遠慮なく引っ張られた頬を擦るとじいんとした痛みに涙が滲んだ。一方の政宗さんは楽しそうにくつくつと喉で笑いを転がしている。
赤くなっているであろう患部を押さえつつじとりと横目で睨みつけるも、数々の戦場を乗り越えてきたこの御仁にはそよ風程の効果すら持たないらしい。


「まあまあ、機嫌を直して一杯やろうや」

「…夕飯前なんですけど。ていうかまたお酒くすねて来たんですか?」


小十郎さんやお多喜さんに怒られますよ。厨房周りを取り仕切る片倉姉弟の威を借りて暗にそう告げれば、政宗さんが一瞬だけ怯んだように見えた。しめしめ、ざまあ見ろ。


「ふん、ならお前も共犯だ。小十郎に告げ口してみろ。こないだ城下のガキ共と遊んでて着物を破ったこと、即刻多喜に言ってやる」

「な…っ!お、大人気ないですよ!」

「どっちが」


言いながら既に政宗さんは二つの杯にお酒を注ぎ始めている。現代では未成年なわたしも、既に“こちら”では元服の歳を越えているのだ。一応女なのでだからどうこうということもないが、強いて言うならばそろそろ嫁き遅れの年代に突入しそうではあるらしい。
まあそれはどうあれこうなれば見て見ぬふりをしてやる他はない。綺麗な朱色の杯は政宗さんお気に入りの一品であり、市中に売り出せばそれなりの値がつくのだという。そんな高級品を日常的にホイホイ使ってしまっている辺り、これだけ気安く付き合っている彼が生きる世界の違う人だと思い知らされてしまうのだが。


「ほら、乾杯といこうぜ」


そうして目の高さに杯を掲げて笑うものだから、ついついこちらも絆されてしまうのだ。


「…はい」



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -