夏の名残は秋の始まりに溶け込んでいく。
日中の太陽は未だその強さを失わず輝いているが、吹く風の中には既に冷たさが紛れ込むのが分かる。慣れない手つきで畑作業の手伝いを始めてから数週間、目に映る作物も秋の色を帯び始めてきた。
小十郎さんの呼びかけで作業を引き上げる頃にはとうに空は茜色に染まっていて、一匹の赤とんぼが群れを追うように目の端を横切った。


「今年は暑さが続いたからどうなることかと思ったが…中々どうして、美味そうな茄子ができたもんだ」


採れたての野菜で一杯になった籠を抱えて小十郎さんは満足気に微笑む。ついこの間までただの女子高生でしかなかったわたしに例年の茄子の出来具合など分かるはずもなかったが、その表情がいつになく嬉しげだったので、こっちまで笑顔にさせられてしまった。

農具を片して城に帰ると、偶然行き会ったお多喜さんに難しい顔をされた。小十郎さんのお姉さんであるお多喜さんにとって、ここに住まうものは皆弟妹のようなものであるらしい。予定外の飛び入り参加者であるわたしも例外でなく、携えていた手拭いで思い切り泥だらけの顔を拭うや否や、とっとと風呂に入って来いとのお達しを受けた。


「いくら殿の命とは言え、貴女はおなごなのですよ!」

「え、えへ…」

「笑って誤魔化そうたってそうはいきませぬ!」

「ま、まあまあ姉上。手伝ってもらって私も助かっておりますゆえ」


目尻を吊り上げるお多喜さんを前に存外泥だらけが嫌いでない私はただ笑うしかない。小十郎さんの助けを借りつつ、逃げるが勝ちとばかりに慌てて湯殿へ飛び込んだ。


「ちゃんと百まで数えるのですよ!」

「は、はーい!」





お風呂から上がると既に空は濃紺に覆われていた。さっきまで必死になって収穫していた、茄子のような色の空。中天には大きな月がぽかりと浮かび、きらきらと息を潜めて瞬く星たちに、わたしは今までどうして気がつかなかったんだろう。


「はあ…」


息を吐き出すと湯気と相まった白いもやが視界を揺らす。東京…江戸より遠く離れたこの仙台の地は冬が来るのがずっと早いという。秋の気配を感じ始めたばかりとは言え夜にもなればひんやりとした空気が辺りに立ち込めるのだ。
随分遠くへ来たものだ。距離的な問題と、時代的な問題と。誰にも明かさぬ胸の裡を吐き出すように、わたしはそっと溜息を漏らした。


「Hey.」


と、ぼんやりしていたわたしの背後へ誰ぞ声をかける人が。
誰ぞなんて言ってはみたものの、このいかにもな時代に西洋風の呼びかけをする人間などたった一人しか思い当たらない。落ち着いた低い声色と威風堂々とした佇まいに、2つしか歳の変わらないことを聞かされて驚いたのはつい最近のことだ。
振り返るよりも先に肩先にふわりとした感覚。目をやれば派手な色合いの羽織であることが分かり、わたしはゆっくりと首を回した。


「今晩は、政宗さん」


中庭を臨む廊下にかかる庇の陰の中、濃い色の着物を纏った人物と視線がかち合う。ただ特徴的なのはそれが左の一つだけということで、けれどそこに灯る優しげな色にわたしはにこりと微笑んでみせた。


「こんなとこでぼんやりしてると風邪を引くぜ?お嬢さん」

「元気だけが取り柄なんでへっちゃらです。政宗さんこそ、そんな薄着でうろうろしてると小十郎さんがすっ飛んできますよ」

「そりゃ上手くねえな」


悪戯っぽい目をしながら政宗さんはくすくすと笑う。男性主体が当然の時代、こうして女性のことを慮れる人はどれくらいいたのだろう。いつの時代も勉学の方はさっぱりなわたしにはわかるべくもないことだが、目の前の人に聞いたのなら鼻で笑って済まされそうだ。



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