「――さて、じゃあ本題に入るけれども」


民家は、どこまでも民家だった。最初は混乱のあまりよく見えなかったけれども、入ってすぐの土間は台所と兼用になっており、上がり框を超えて入る室内は木製の扉で仕切られ二間続きとなっている。片方の部屋の中央には囲炉裏があって、本来ならばここで煮炊きをして楽しくご飯を食べるんだろう。
などとぼんやり考え込んでいる私に、尾浜は徐に話しかける。


「今回何で俺が君を呼び出したのか分かっていると思いたいんだけど」

「…なに」

「…残念なことに、これまでの様子じゃ微塵も分かってくれてないみたいだね」


はあー…と、隠しもしない溜息に私の眉が少しだけつり上がる。
用件を一言も語らずにその態度は何だと言ってやりたい。正座したまま囲炉裏を右手に見る感じで私と尾浜は対面していたのだが、できることならもっと離れて欲しいというのが本心である。
剣呑な瞳でじっと見つめる私に、尾浜は困ったような笑顔を見せた。考えたら、いつもこの人笑ってるなあ。何が楽しくてそんなにニコニコできるんだろう。私はどちらかと言えば無愛想と言われる類の人間だから、尾浜のような人間は対極の存在であるような気がして全く理解の範疇の及ばないもののように感じていた。


「…俺、別に今楽しいなあとは思ってないよ」

「!、え…」


ふと、押し黙った尾浜がそんなことを口にしたので私はびっくりして顔を上げる。そこにある尾浜の顔は一年前と変わらないもののはずなのに、右半面に受ける西日のせいか随分と成長してしまったように思えた。
そう言えば、あの時話題になった髪も随分と伸びたようだ。同級生の友人のようにさらさらとしてはいなさそうだけれど、本人曰く上等のそれに、どうしてかふと触れてみたくなった。


「君は、随分と眼でものを語る人だね」

「は?」


じっと見つめていた毛先がふわりと揺れて、私の反応が一瞬だけ遅くなる。が、それがどんなにか愚かしいことであったか、次の瞬間とてつもない後悔と共に理解することとなった。


「………」

「…びっくりした?」


しぱしぱと瞬く視線の先、見えるのは尾浜の顔ばかり。少しだけ首をずらせば家屋の天井が見えるのだが。というか、それにしても、何、この状況。
一体どんな術を使ったのか、一瞬のうちに私の手首は尾浜の手のひらに捉えられていて、それが随分と私のものよりも大きなものであることに少しだけ驚いた。背中に感じるのはひんやりとした木目調の床の感触で、目の端には長く伸びた尾浜の髪が滝のように流れ落ちる様が映る。
要するに、私は今、尾浜勘右衛門に押し倒されているわけで。


「…な、んですか」

「んー…あのままでは何の進展もなさそうなので、勢いで押し倒してみました」


にこり。状況にそぐわぬ朗らかな笑顔で尾浜勘右衛門はそう言った。
だがしかし、下から見る人のよさ気な笑みというのはこうも恐ろしく感じるものだったのか。私が感じるのはそればかりで、押さえつけられた手首がぎちりと嫌な音を立てるのをどこか遠くに聞いていた。


「もしかして忘れてるかなーとは思ったんだけどさ、いつまで経っても何の音沙汰もないし」

「…な、何のこと」

「え、それ本気で言ってんの?」


押し倒す男に押し倒される女の図だが、あまりそれ相応の雰囲気というものが醸し出されない。というか私が醸し出さないよう精一杯虚勢を張っているせいなのだが、「楽しくない」と言う尾浜はその割りにずっとニコニコしているのでこちらとしてもどうしたもんだか分からない。



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