既に日は西に傾きかけている。午後の最後の授業を中抜けしてしまったことに妙な脱力感を感じつつも、私は前を行く尾浜勘右衛門の後を追っていた。
いつの間に外出届を出したのだろう。尾浜は「着替えてきてね」とだけ告げるや否や忍たま長屋に戻り、わけも分からぬまま小袖姿になった私の手首を引いてずんずんと学園の外へ足を踏み出したのである。

そんなわけで現在私たちは市中にいる。既に夕方の市も終わったらしい一帯は妙な静けさに包まれており、表通りから少し入った裏露地の長屋からは夕餉のいい匂いが漂ってくるようだった。
すたすたと歩みを止めない尾浜は、あれ以来一言も喋らない。私としてはことの説明くらい欲しいところであったが、先生も承諾の上での外出とあって中々口出しできないでいた。

などと考えているうちにある場所で尾浜の足が止まる。


「ここだ」


何を示してその場で止まったのかは分からないが、連れて来られたのは市中からやや離れた一軒の民家だった。中々に年季の入ったその外観から私は一瞬物怖じをしたが、先を行く尾浜に牽引されている状況では入室を拒むこともできない。
きょろきょろと挙動不審に辺りを見回す私に気付かないのか、尾浜は無遠慮にも家中に乗り込んだ。見かけによらず何て大胆なことをするんだと私が内心絶叫をしている最中も、サクサク草鞋を脱ぎ足を洗って上がり框に足をかけている始末である。


「ちょ、ちょっと尾浜…くん」

「ん?」


そこで初めて私が抵抗を示したので、何事かと既に土間から上がった尾浜が振り返る。が、すぐにへらりと破顔して見せるや「大丈夫だよ」との一言。


「ここね、市中に潜伏するために学園が建てた仮の住まいなんだって。とは言っても常に空き家ってんじゃ不審がられるから普段はちゃんと人が住んでるんだけど」


今日は特別。悪戯を企む子供のように笑って、尾浜は人差し指で唇を押さえる仕草を見せた。
何が特別なのかは知らないが、とりあえずその行動すらも私の不安を煽るとこの人は知っているんだろうか。全く読めないその行動に私は既に帰りたくなっていた。いや、元々来たくて来てるわけじゃないんだけれども。

先に室内に入ったはずの尾浜だったが、「いけね」と言うや慌てて私の元へ戻ってきた。そうしてひょいっと身軽に框を乗り越えると、再び土間に下りてしまい。


「え、あの、ちょ」

「いいからいいから」


もたもたと草鞋を脱ぐ私の手を払い、器用な手つきで結び目をするすると解いていく。そうして手近にあったたらいを引き寄せ中の手拭いを水に浸すや、何とそれで私の足を拭おうとするではないか。


「もげ―――!!!」


流石の私もこれには叫んだ。尾浜の左手に乗せられていた右足を慌てて引っこ抜くや、小袖の裾が捲くれるのも構わず思い切り膝を抱え込む。


「…女の子がもげー!はないんじゃない」

「なくなくない! …ん?なくなくなくない?…とりあえずだ、だめっ!」


パニックに陥りつつ顔を真っ赤にして叫ぶと、未だ手拭い片手のままの尾浜はきょとんと数回目を瞬かせていた。さも不思議そうにしている表情に恐怖すら抱く。いくら面識があるとは言え物凄く久しぶりにあった女の足を拭きたがるなんて、この人頭大丈夫なんだろうか。
言いたいことは沢山あったが、あまりの衝撃にぱくぱくと口を開閉するしかない私。我ながらこういうお色気回路が麻痺しているなあとは思うものの、恥ずかしいものは恥ずかしいし、嫌なものは嫌なんだから仕方がない。


「…別にいいのに」


私の渾身の拒絶を受けて、尾浜は少しだけ残念そうに呟いた。…いやいやそこは残念がるなよ。いくら女の子のものだって、足を拭きたがる人なんて中々いないよ。
訝る私に手拭いを差し出すと、尾浜はやれやれという風情で室内に入る。その背中が障子で見えなくなるまで私は彼から目を離さず、かつ慌てて足を拭くという器用な芸当をやってのけてみせた。



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