それから何事もなかったかのように数日が過ぎた。穏やかな日差しを受けた教室には山本先生の優しい声が響き渡る。
あまり話題には上らないものの、水面下では着々とあの“実習”も遂行されているらしい。何だか皆綺麗になったもんだと、どこか遠いものを見るような気持ちでぼんやりとそんなことを考えた。


「授業中失礼します、暫時お時間よろしいですか」


ふと文机に肘を突いてぼけっとしていた矢先、耳馴染みのない声が外から聞こえてきた。
頬杖を外して数回瞬きをするだけの鈍臭い私に対して周囲の反応はすこぶる速い。まさしく忍者たる素質を持つ精鋭たちの集まりだ。明らかな部外者――教員のものとも取れない若い男の声に、同級生たちは各々手裏剣やクナイを手の平に忍ばせ臨戦態勢を取った。


「皆さん落ち着きなさい。大丈夫、忍たまの子だから」


いつの間にか優しげなおばあちゃんから姉御モードにチェンジしていた山本先生が同級生たちに向けてさっと手を振る。それだけで彼女らは懐に忍ばせていた手を下ろすが、未だ張り詰めるような警戒心は解かれていないようで。


「いらっしゃい。ごめんなさいね、こんな時間に呼び出してしまって」

「いえ、態々気にかけて頂いてたみたいで。こちらこそ申し訳ありませんでした」


気心知れた様子で山本先生と話す忍たま。口調からして上級生のものであると勝手に判断した私は、まあ勝手にやってくれとばかりに筆記帳に目を落としていた。さっきからぼんやりしていたせいで黒板の半分以上の内容が疎かになってしまっている。月末にはテストもあることだし、ここはしっかりとメモしておかなければ。
などと我関せずの態度を貫こうとしたその時、室外に出ていた山本先生から直々に声がかけられた。


「…え、私?」


普段からお叱りを受けるくらいしか呼び出しのかかることのない私にとって、この状況は異常以外の何者でもなかった。周囲も同様のことを思っているらしく、今度は何をしたんだとばかりに眉間に皺を寄せているのが見える。
何もしてないぞという意思を込めつつ視線をやるも、私自身不安が募って仕方がない。正直これまでに怒られたのだって、自覚があったものとそうでないものの割合は半々くらいだったのだ。何か今回も知らず知らずのうちにとんでもないことをしでかしたのではと、内心ビクビクしながら戸口に近づくと。


「ああ来たわね。授業に関してはあとでノートを見せてもらいなさい、じゃああとは二人でね」


山本先生が振り返り、早口にそれだけを伝えて教室に戻る。殺気すら感じ取れる室内は既にざわめきを取り戻しており、ただの野次馬根性が伺える台詞がちらほらと漏れ聞こえた。が、それも先生の手によって障子が閉められたことであっさりと遠い世界のこととなってしまう。


「や、お久しぶり」


だが悲しいことにそんなことよりも、私の五感は目の前の訪問者によって釘付けになってしまっていた。


「…おはま、くん」


間抜けな発音でやっとこさそれだけ返した私に、尾浜勘右衛門はにこりと変わらない笑みを零して見せた。



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