その人と出会ったのは、くのたまと合同で行われる実習でのことだった。その時彼は確かまだ四年生だったと思うのだが、それにしては随分と大人びた目を持つ人だと感じたのを覚えている。


「はじめましてー。今回チームを組むことになった、四年い組の尾浜勘右衛門です」


人好きのする笑みを一つ浮かべてその人はぺこりと頭を下げた。何とも言えない質感の髪の毛が同時に頭巾の上を流れて、私はそれをじっと見つめながらも会釈を返したものだった。


「あは、何か気になることでもあった?」

「…べつに」

「俺の髪の毛ね、こう見えて結構上等らしいよ?町で髪結いの人に声かけられたことあるもん」

「!」


何かと問うて、別にと答えたというのに、その人は私が気にしていたものをばっちり言い当ててみせた。驚いて肩を揺らした私がおかしかったのか、また一つへらりとした笑いを零す。


「顔に書いてあるよ」


風に乗るような軽やかな声音でそう言われ、幼い私は慌てて頬に手をやった。当然そこに文字が書いてあるはずもなく、それがツボにはまったらしいその人の笑い声によって私たちは担当の教官に大目玉を食らうことになるのだが。





おはま、かんえもん。久方ぶりにその名前を耳にしたのは、微妙すぎる思い出として今も語り継がれるあの実習から一年が過ぎた頃だった。同じ学び舎に集う忍者のたまごとは言え、社会的にも男女の性差が大きかったこの時代、女子の嗜みとしてそうそう忍たまと顔を合わすことを許されることはなかったのだ。
が、どうして一年も経った今再びその名を耳にすることになったのかと言えば。


「…ねわざ訓練」

「寝技じゃないわよ、あんた耳大丈夫?」


くノ一教室担当の山本シナ先生によるガイダンスが終わり、教室にはちらほらとしか生徒の姿が見えない。配布された要綱を片手に固まる私は未だに指定の座布団から動けずにおり、見かねた同級の友人が態々声をかけに戻ってきてくれる。


「房中術…」


要綱の一番右にでかでかと書かれたその文字を私は読み上げた。その通りと頷く友人は涼しい顔をしているが、ちょっと待て、これは女性にとって一大事ではないのだろうか。


「え、嘘でしょ何これ。年の瀬はまだ遠いというのにもうドッキリの撮影?」


あからさまに動揺する私にしかし友人は盛大な溜息を返すばかりだ。
曰く、一人前のくノ一になりたいのであれば誰しもが通る道なのだと。万が一社会に出た時いかなる忍務をもやり遂げねばならない私たちにとって、こんなものは犬に噛まれるくらいのことなのだと。


「…いやいや犬に噛まれるって結構問題じゃない?」

「兎に角、今回の目的は当然房中術の訓練だけど、それ以上にどんな事態に直面しても揺らがない精神の醸成も兼ねてんだから」


今更ギャーギャー言わないの。聞き分けの悪い生徒に対する教師のような台詞で額を小突かれ、私は慌ててそこを覆う。涙目で睨みつける頃には既に友人は戸口に手をかけており、綺麗に整えられた桜色の爪先だけがこちらに向けてひらひらと振られるばかりであった。


「…信じられない」


突っ伏すように畳になだれ込むと、私は手の中でくしゃくしゃになった要綱に再び目を落とした。綺麗な筆跡でつらつらと今回の実習の内容が記されたその紙の最後には、“お相手”となるべき人物の名前が記されている。


「おはま…」


随分久しく顔を合わせていないが、顔見知りともなれば気まずいだけでは済まされない。前年の先輩までは相手を自ら選ぶことも可能だったそうなのだが、今年からは何故か上の都合とかいう理由で相手が指名制になってしまったことが悪かった。…まあ、相手の選択が自由であったとしてこの陰鬱とした気持ちが晴れるとは到底思えなかったが。
はしたなく両手足を大の字に伸ばして室内を転げ回る。何も考えずに暫くそうしていたが、ついには床の間の段差に足の小指をぶつける羽目になり、あえなく蹲ることで我に返った。こんなにも宇宙の塵になりたいと思うことは後にも先にもこの時以上になかったように思う。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -