「早いもんだねえ。あれから一年も経つんだってさ」


何とはなしに呟けばひゅるりと緩い風が前髪を持ち上げる。まあ座れと言われているようで、私は苦笑を一つ漏らすと手ごろな距離にある墓石の一つによいせと腰掛けてみせた。
目の前の墓石は決して喋ることはない。生前も口数の少ない人だったが、死んでなおあまり自分のことを喋るのが得意ではないらしい。まあ、そんなところも割合に嫌いじゃなかったんだけどさ。


「えーと、まずは何から話そうか…」


ふと考えて顎に手をやる。寡黙なあの人と相対する時、話題を持ちかけるのは必ず私の役目だった。


「えー…ああ、アンタは覚えてるか知らないけどね、カクさんが嫁さんもらったってさ。カタギに戻るって大騒ぎしたの、あれやっと認められたんだって。…まあ体の一部は欠損したかもしれないけど」
「それからびっくりしたのがさ、何とあのハチが角の団子屋の看板娘と付き合ってたんだって!何つったっけか…サヨ?サエ?とか、何かそんな感じの子だったんだけど。アンタも確か可愛いって褒めてたよね?」
「あとその花ね、西坂のとこのミツエちゃんとこで態々買ったんだからね!ピンクのはおまけだってさ。最近は男も着飾るのが流行りなんだってー」


話し出せば話題は尽きることがない。生前もそうだった。彼はこちらに背を向けているばかりなのにそれを寂しいと思ったことがなかったのだ。触れ合いなどなくとも、そこにいてくれることで私は満たされていたのかもしれない。
思い出して、ふふふ、笑いが漏れる。引っかくように足元の砂利を掻き回すと、少しだけ漆の黒が土に塗れて灰色に汚れた。


「…それからね、私も、元気でやっておりますよ」


呟くと同時に風が止んだ気がした。勿論気のせいである。ここは地上から決して切り離されることのない、ただの場末の墓場でしかないのだから。

魔白威組が破綻して、後継であるはずのあの人もいなくなって、しかもその際勃発した騒動やら何やらで暫く私の周囲は荒れに荒れた。毎日が戦争のようで正直生きた心地など微塵もしなかった。
けれどそんなある日、私の元に一通の手紙が届いたのだ。差出人の欄は空白で、不審に思いながらも中身を開けてみると、そこには簡潔にとある大店の名前が書かれていて。


「…そちらさんのいらない気遣いで私は上手いこと三ツ星屋さんの養女となれました。お陰で今は前とは全然違う豪華な暮らしを送ってるよ。毎日フォアグラ食ってんだかんな」


何をどうしたのやら、ヤクザの一員として悪の道に片足を突っ込んでいたはずの私は、「可哀想なみなしご」としてその大店の主に引き取られた。始めこそこんな身分の分からない物を養おうだなんて変態の気でもあるのかと思ったものだが、早くに妻子を亡くした老主はそれはそれは私のことを哀れみ可愛がってくれたのだった。まさに良き“父親”である。
彼はその財産を惜しみなく私に分け与え、遠慮する間もなく美しい反物や簪に買えていくらでも送ってみせた。私はその度にいちいち戸惑いを感じてしまうのだが、これが世の中にありふれている“幸せ”というものなのかもしれないと、ここ最近では思い始めている。


「町の人からはちょっとだけ敬遠されるし、お嬢様暮らしは少しだけ窮屈だけど、そんなのは慣れっこだし、随分楽しくやってるよ」


だから。私は言葉を切り、唇を結んで大きく息を詰めた。


「…だから、どうか何も心配しないで。今度こそゆっくり休んでね」


短い生涯、まるで終わりを知っていたかのような生き方だった。決して自分を優先させず、周囲ばかりに情を注いだ。けれども無口としかめっ面が祟ってか、彼を誤解する者は少なくはなかった。反面仲間も多かったが、それさえも今や壊滅状態となってしまっている。



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