江戸の中心街は常に雑然としていて耳障りな音に溢れている。何でも今日はテラカドツウとかいう人気アイドルの新曲の発売日らしく、ツタヤの前には揃いの青い法被を着た謎の集団が集まっていた。一方では食い逃げが出たとかで真選組のパトカーがサイレンを鳴らすのが聞こえる。ああ、何て平和な世の中なんだろうか。
遠ざかる雑踏を背後にしながら、私はのたのたと舗装されていない砂利道を歩いていた。足元には赤い鼻緒が美しい漆塗りの下駄。おろし立ての頃は鼻緒がきつくて何度も足袋に血を滲ませたものだったけれど、無理矢理鼻緒を引っ張って慣らした今では心地よく足裏に馴染んでいる。カラコロと軽快な音を立てるそれを引きずりながら砂利道に続く長い階段を登ると、運動不足の下半身が悲鳴を上げていた。


「ふー…」


大きく息を吐き出して既に崩れかけた山門を潜る。気付かず蜘蛛の巣に引っかかったらしく頬の辺りにべたつく感触がしたので、金糸の織り込まれた小袖で勢いよくそこを拭ってやった。
既に正式な名も分からぬ山寺には住職というものがいない。いや、実際はいるのかもしれないが私は一度も見たことがないのだ。参道には飛び石が敷かれていたが既に苔むし枯葉に埋もれており、威勢よく伸びる竹は上背高く藪となって空一面を覆っている。
まるで未開の地を進むように雑木林と化した境内を進む。文字通り草の根を掻き分けては蜘蛛の巣に何度も引っかかり、やっと目的の場所に着いた時には綺麗に整えられた髪型が跡形もなく崩れ去っていた。
それでも頓着せずに私は更に足を進める。規則性を失ったように並ぶ石の党。最早墓標とも言えない石くれの下には死者の魂が眠っている。既に草と竹に埋もれ誰からも忘れ去られたようなこの場所は、向こう脛に傷を持つ者や無縁仏となった人たちが収容される墓地であった。


「えーと、確かあの人は…と」


名前など彫られることもないため時間が経てばどれが誰の墓なのか分からなくなってしまう。私はおぼろげな記憶を探りつつ墓標を注意深く観察し、中でも比較的新しく無骨な石を探して回った。
数分しておよそそれと思しきものが見つかったが、はっきり言って最早それという確証はない。


「人違いだったらすいませんね」


私は手に持っていた花束を墓石の下に備え(花瓶というものが存在しない)、持参したワンカップの蓋を開ける。途端漂う酒気にくらりとしつつも、無遠慮に墓石の上からそれをぶちまけてやった。


「つーかここの水屋は使えないね。水が枯れてるとか意味ないから」


一頻り酒をかけ切ってワンカップの瓶を足元に放る。まだ苔も生えない墓石はその色味をやや黒くし、不機嫌そうな面持ちでこちらを睨んでいるようだった。


「はいはい、別にポイ捨てなんかしないよ。アンタ相変わらず見かけによらず善人なんだから」


呆れたように口にするが返る返事はない。当たり前と言えば当たり前だ。私は今、目の前の墓標に話しかけているのだから。

――中村京次郎が死んだのは、適当な記憶ながらもおおよそ一年ほど前のことだった。
丁度時を同じくして床に臥せっていた組長の病室にいた私がその訃報を知ったのは、何と彼が死んだ一週間後だったのだが。



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