(とりあえず社長に喋ってもらいたかっただけみたいなはなし)

目は口ほどにものをいうとはよく言ったものだけれども、だからと言って見つめあうだけで全てが伝わるのならだれだって苦労はしないだろう。ましてや相手が見つめあうことすら適わないような、というか目が合っているのかさえ疑わしくなるようであるならば、全くもって無意味なのではないだろうか。


「おいこらそこのサングラス野郎」

「おお?今何かとてつもなく辛辣な空耳が聞こえたのー。そろそろ減給の時期じゃろうか」

「さーせんしたシャッチョサーン」


見上げるほどの上背とその天辺で風に揺れるもさもさの黒髪。髪の毛というにもおこがましいその毛玉の下で今日もサングラスが日光に眩く反射している。聞くところによればとんでもなく値の張る一品らしいのだけれども、現在の私にとってはただの敵でしかない。


「今日はいい天気ですよ。サングラス取られたらいかがですか」

「わしゃー弱視の気があってのー。こんなお天道さんの下じゃー円らなおめめがやられてしまうき」

「馬鹿か…!」


見え見えの嘘を吐く我らがボスは胡散臭い笑みでサングラスをちょいっと動かしてみせた。何それ格好いいとでも思ってるんだろうか。ちなみに先日彼の秘書役である陸奥さんから聞いたところによれば、このモジャ野郎の視力は両目共に2.0である。しかも現在の器具で測れるだけの数値なので実際にはもっとやばいだろうとのことだ。お前はサンコンさんの後でも継ぐつもりか。
何のポリシーがあってその色眼鏡をつけているのかは知らないが、そもそも腐っても交易会社の社長がそんなもんを顔面にぶら下げていていいのだろうか。取引先に不快な思いとかさせないのだろうか。何の気なしに呟いてみたら「おんしの顔面ほどじゃァないがぜー」と返された。馬鹿か…!


「社長は小さい時人の目を見て話しなさいとお母さんに教わらなかったんですか」

「んんん、どっちかっちゅーともっと距離をおいて会話をせえと」

「すいません聞いた私がバカでした」


時に天下の平日にこんなところで大企業の社長ともあろうものがのんびりしていてもいいものなのだろうか。ちなみに私は普段であれば社長となんて面会も叶わないただのヒラ船員だ。のんびりしていていいはずがない。
溜息を小さく吐き出して、無駄に縮こまった体勢からちらりと隣を横目で見やる。相変わらずアホ丸出しの顔つきでへらへらと空を見上げているその人は、やはり今日もアホのようだった。しかしその視線の先にあるのだろうおひさまにさえメラメラと嫉妬の炎を燃やしてしまう私はそれを30乗はしただろうアホだ。いい加減戻らないと部長が怒る。というかもう絶対怒ってる。

思い出したくない現実はえいやと水平線の向こうへ投げやって私はもう少しだけこの空を見つめていることにした。社長が見てるから間接的に見つめあえるとかそんな末期っぽいことは考えていない。つい今さっきとっさに思いついてしまっただけだ。
そわそわと時計を気にする私に対して、のんきな社長はごろりと寝そべる体勢に入ったようだ。くそ、トップがこんなんでいいのか快援隊。あんまりぼやっとしてると吸収合併の憂き目に遭うぞ。
などと我ながら意味不明なことを考えていると、とうとう袂に突っ込んでいた携帯がぶるぶると震え始めた。あーあ、タイムアップか。部長のトレードマークである握り拳を彷彿とさせる震えを片手で抑えつけつつ私は重い腰を上げる。隣に人が寝転んでいることも構わずお尻についた埃を盛大に叩き落した。


「んじゃあ社長様、私はそろそろ業務に戻りますので減給はおやめ下さいましね」

「んんー?」


今日も今日とてサングラスを剥ぐことのできなかった無念を抱き、ちょちょぎれる涙を拭ってそそくさと立ち去る。寝転んでいるだけだと思っていた相手はどうやら寝入る寸前のところだったらしく、ふにゃふにゃした口調と眼差しでこちらを見上げてきた。
そしてふと気づく。


「(…こ、これはグラサン奪取の絶好のチャンス…!)」


正直なところ何故彼と見つめあうことが私にとってそんなに大事なのかと聞かれたら困ってしまうくらい私は彼に好意を抱いているわけだけれども、そもそもただ見つめあえば私のこの溢れんばかりの思いが伝わるとはこれっぽっちも思っていなかった。とは言え最早執念というやつである。初心忘るるなかれとは太平の世にも同じく言えることだ。結果ではない、そこに辿り着く過程こそが大切なのだ!
勢いよく乗り出す私に社長はやや驚いたようだった。サングラスごしに瞼が数回開閉する気配を察知してごくりと息を飲む。


「あ、あの、社長…!」

「…おんしゃーおぼこい顔してパンツは過激じゃのー」

「…は?」


しかし見つめあっていると思っていたのは私だけのようだった。ありったけの思いで両手を握りしめた私の気持ちなど頓着もせず、社長の視線はある一点に集中している。どこって当然パンツに守られた女の聖域である。そうですね、珍しく社長のほうが視線が低いんですからパンツくらい見えますよね。


「ってアホかァァァァァ!!!!」


思わず大声で叫んで飛び退った。死ねる!何それ馬鹿か!いや社長じゃないです私が馬鹿なんですだから減給は………いやでもやっぱ社長も馬鹿!
慌てて丈の短めな着物を抑えると途端社長は残念そうな顔をする。口を尖らせむっくり起き上がると、またあの締まりのない顔でへらへらと笑ってみせた。


「あっはは、まっことおんしは面白かおなごじゃのー」

「えっ!お、おもしろ…いいいやだまされませんからね!」


あああぶねええええ!笑った顔も素敵ですね!なんてそんな小娘みたいなことを言うつもりはないのだけれど、やっぱり痘痕もえくぼというやつらしく、彼の笑顔は私にとってのお天道さまであってしまったようだ。ちょっとした褒め言葉ですごくテンション上がりました。ごちそうさまです!…馬鹿か!もう泣くぞ!


「はは、情熱的でええちやー。おんしにぴったりぜよ」

「ちっ、違います!普段はもっと質素で慎ましやかなんです!」

「赤に黒レースか…おんしもしや夜に変貌するタイプじゃな?」


にやりと笑ってしたり顔をする社長に慕情や恋情を通り越してちょっとした殺意を覚えた。何がギャップ萌えだ!そのサングラスかち割るぞ!


「いやいや、いっつもおんしの目ェは焼け焦げそうな勢いでわしを見つめちゅうきの」


しかし構えた握り拳をさらにその上から握りこんで社長は笑う。お天道さんもびっくりぜよ、そう言って膝を折るその人の両目には情熱的に顔を赤らめた私が映り込んでいるのが見え、図らずも念願叶った瞬間の私は物凄いアホ面をしていたことだけはよく分かった。

ああ、今日も空が青い。



レーザー銃とぼく

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