物凄く久々に万事屋に依頼が入った。それはとある海岸沿いにある海の家からの依頼で、何でも沖合に出没する魔物を倒して欲しいとのことだった。
激しいデジャヴを感じつつも俺は電話口で海の家の店主だというオッサンに向かってこう言ってやった。「ふざけんな、こちとら勇者のパーティじゃねえんだよ万事屋ナメてんと痛い目見るぞ」…と。そうして勢いに任せて電話も切ってやろうと思っていたのだが、振り返った先にいた新八が通帳片手に物凄い顔をしていたので俺はそれを寸でのところで思い留まったのだ。


「あー…すいません、やっぱりそのお話詳しく聴かせて頂けますか?」


途端恭しくおもねるようになった俺を気持ち悪がりつつも、店主は事の次第を語って見せた。彼の生い立ちに始まる壮大なストーリーは電話口にも関わらず3時間以上にも及ぶ超大作だったのだが、要約すれば「最近海に得体のしれない魔物が出没して困っているからちょっと行って討伐してきて」ということだ。大体そんなのび太くんにお使い頼むママ的なテンションで魔物退治を頼む辺りからしてかなりの胡散臭さだったのだが、今月我が家の財政はかつて例を見ないほど逼迫しているという有様だったし、何より電話代はあちら持ちであるために俺は受話器を置いたまま暫く放置しておくこととした。

とまあ紆余曲折あり、某所の海岸へ魔物退治とやらへやってきた俺達万事屋は、神楽のいうところの海の家のオッサンが焼いたモッサリした焼きもろこしやら何やらで腹を満たしつつ依頼を遂行した。結果から言えば討伐は成功したのである。
しかし相手は想像していたものとは全く違う、というか魔物ということすらおこがましいような姿で俺達の前に現れたのだ。ともすれば神々しい、まさに神話の世界に迷い込んだかのようなその存在に誰もが一瞬言葉を失くした。ツッコミ担当の新八ですら口を開いたまま硬直しているという緊迫した状況の中、その静寂をどう思ったのか相手は物凄くお気楽な口調でこう言った。


「チョリース」


いささか古いその挨拶に未だ金縛りから解放されない俺達はツッコむことすらままならなかった。なぜならその俗っぽい言葉を口にしたそいつは、この世ならざる姿をしていたからだ。…いやこの世ならざるものなら割と身の回りにいるような気がしなくもないが、兎に角それを差し置いても初めてお会いするような類のもの、言わばニュータイプだったのだ。


「…に、人魚…?」


魔物様は、人魚だったのです。安っぽいナレーションが脳内を駆け巡りつつもその存在は俺達の前でちょこんと丸くなっていた。いやもしかしたらそいつなりに姿勢を正そうとしているのかもしれないが、とりあえず人間じゃねえし下半身魚だし。
まるで動揺を隠せぬままの俺の目の前で人魚が大きく欠伸をする。やけに色素が薄いところなどから普通でないのはよく分かったが、その辺神楽で慣れている俺は上半身だけを見ればまんま人間なそいつとどう接したらいいのかよく分からなかった。というか人魚との接し方なんて人生のどのあたりで習得する技能なのだろうか。少なくとも俺の大して自慢も出来ない半生を振り返ったところでそんな機会には遭遇していないことだけは分かる。

あの後、店主との相談で人魚は何故か万事屋に引き取られることになった。いやほんとに何でだよと思うのだが、色々………ほんと色々あってこういう事態になってしまったのだ。強いて言うなら神楽が悪い。まさか海の家を破壊しちゃうとは思わないものな〜。修理費の代わりに人魚預かれとかそんな理不尽な出来事ありえないと思うものな〜。
現実逃避を続ける俺を人魚がその丸い双眸で見つめている。ちなみに新八はお通のライブ、神楽はお妙とショッピングに出かけている。人魚事件から既に一週間が経過した今日、お荷物二人組はこの異常な状況に順応し始めていた。神楽なんぞ定春3号と勝手に命名してペット扱いしている始末だ。



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