昔っからあいつはどうにも大時代なヤツで、一般的な人間とやらからは地球一個分くらい外れていたような気がする。(まあ私の周りにその一般に該当する野郎は一人もいなかったわけだけれど)
どうやったって空気は読めないし、いつまで経っても自分の情けないあだ名に固執するし。その度に銀時や晋助や辰馬にからかわれているということになぜ気付かないのだろうと思ったものだ。
それは先生が生きていたあの頃も、血生臭い戦争の間も、ぼろぼろになって泣いた時も、現在に至るまでちっとも変化しようとはしていなかった。

いつだったか私が「メロンパンが好きだ」と言ったことがあった。
それは酒に酔った銀時が「チョコパフェに敵う甘味はねぇ」とか抜かしやがって、つーか私がチョコ嫌いなの知ってて言ってんのかみたいになって、そんでむしゃくしゃしてる時に偶々辰馬がもさもさしてたのが見えたから(今思えばボンボンなのに何であんなもん食ってたんだろう)、だからホント偶然、指差してあっちのがすげえって言っただけだったのだけれども。(実のところメロンパンはそんなに好きじゃない)

だと言うのにヤツは喧嘩を止めるフリをしながらそれを聞いていたらしく、未だに私の好物はメロンパンだと思い続けている。
このデジタル社会でメロンパンだなんて笑ってしまう。大体私が本当に好きなのは…何かもっと美味そうなもんなんだよ。

戦争が終わって、みんな散り散りになって、何か銀時はかぶき町でいかがわしい商売始めたとかで、辰馬は戦中に宙に行っちゃったっきりで、晋助に至っては毎日のようにニュースで綺麗な女子アナに名前を呼ばれるような有名人になってしまっていた。
皆みんな、あの日見上げた遠い星みたいな存在になってしまった。
淋しいと思う反面私も随分と変わってしまったように思い、何だか笑いが込み上げてきた。

がさがさがさ。だというのに、今日もあの安っぽいコンビニの袋を揺らす音だけは性懲りもなく聞こえてくる。

がさがさが、ピーンポーン。


「こんにちはー、桂ですけどー」


ピーンポーン。
ああもううざったいな。うぜえのはその長髪だけにしとけよさもないとバリカンで刈り上げっぞ。
悪態を吐きながらも渋々玄関に向かえば、表の通りに張ってある指名手配のビラそのまんまの男が片手を挙げて突っ立っていた。


「あっ、何だやっぱりいるんじゃないか。居留守は使うなといつも言っているだろ「すいませぇんウチ新聞はもう取ってるんでェ」

いやいやいやいや」


態とらしく笑みを振り撒き開けた引き戸を思い切りスライドする。しかしこの男は手癖だけは悪いらしく(語弊)、間一髪のところで引き戸と柱の間に腕が滑り込んできた。
まるで昔話の天岩戸だ。天照な私と変態の攻防は続く。


「ちょ、はーなーせーやァァァ!」

「門前払いはないだろうがこの恥ずかしがりやさんめ!今日は何の都合が悪いんだ!」

「悪いのはオメーのその頭だろうが!一回脳外科医に逝けよホント!」


言いながらも少しずつ扉は開いていく。
ああああ。勿論私は天照にはなりきれなかったので、楽しそうな…というかただ騒がしいだけの外界に興味なんて抱けないというのに。

5分後には根負けした私が玄関にへたり込んでいて、何かをやり遂げたような顔をした男が満足そうに額の汗を拭っていた。


「お邪魔するぞ」

「しょうがないな。3秒で帰れよ」

「む、何だまたこんなに洗濯物溜めて」


聞きやしねえ。
こうしてヤツはちょくちょく私の家を訪れては、いりもしない世話を焼いていく。
掃除とか洗濯とか、ある意味ではありがたいはずなのにどうしてだかいつも何かが破壊、紛失されている。世に言うありがた迷惑というやつだ。もうコイツの存在そのものさえも。


「いいってばもう洗濯は。一週間くらい溜めてから回すんだから」

「馬鹿を言うな今日はいい天気だぞ。布団を干すには丁度い…って何だお前こんな過激なパンティなど履きおって」

「ぎゃああああああ!!」


男が引っ掻き回す洗濯物の中からつかみ出したのは、豹柄に黒のレースといういかにも破廉恥な下着だった。


「さささ最低ェェェ!ホントいーからもう出てけ変態!」

「変態じゃない桂だ!お前まさか男が出来たとかそーゆうふしだらなアレじゃなかろうな!」

「うるせーよ関係ねーだろほっとけよお父さんかお前は!」


真っ赤になりながら叫ぶが、ヤツの剣幕は変わらない。
因みに生まれてこの方恋人や彼氏と言ったものは出来たことがございません。私に魅力がないせいか、この男が徹底的に邪魔をするからかは分かりませんが。

私が必至になって洗濯物を背後に庇えば、まだプリプリとしたまま今度は台所へ向かおうとする。
ちょっ、やめろよォォォ!キッチンには一昨日爆発させたまんまのオーブンが、


「あ、そうだ」

「わぶっ!」


慌てて止めにかかったものの、リビングに入る寸前でヤツが足を止めるものだから思い切りその背中に激突。鼻を強打して涙が出た。


「ひたァァァ!!はにふんのー!」

「すっかり忘れていたぞ」


私はお前の存在をすっかり忘れたいよ。


「そら、土産だ」


がさり。
件のコンビニ袋がヤツの右手で揺れる。


「み、やげって…」


痛む鼻を押さえながらそいつを見上げれば、早く受け取れと言わんばかりの瞳でこちらを見つめていた。変態が顔だけはいいなんて世の中間違ってる。


「お前好きだろうそれ」


がさり。もう一つ音を鳴らして袋から取り出されたのは、予想を裏切らず丁寧に袋詰めされたメロンパン。
いつだか晋助あたりに「メロンパンなんて邪道だ」とけなされたそれは、今日もバターと上白糖に塗れて「私を食べて」と精一杯の自己主張をしている。


「…あの、ねえ」


アンタほんと馬鹿じゃないんですか。
今週でこれ何個目だと思ってんだよ。私をメロンパンノイローゼに陥らせたいのか貴様。


「何度も言うけどね、こんなに持って来てもらっても食べきれないから」

「馬鹿を言うな。昔は銀時と喧嘩までしていたではないか」

「…いや、だからアレは」


どうしてこの男はここまであの話を信じ続けられるんだろう。
私がこうまでして態度で表していると言うのに、そこらへんの空気的なものを読んではくれないんだろう。


「…あれは、昔の話でしょ」


ぽつり。自分が零した言葉に足場を持っていかれた気がした。がんがんと頭が痛み目頭がじんと熱くなる。
うああいやだ、泣くとこじゃないっての。


「みんな、変わったんだよ。私も、銀も、晋助も辰馬も」


ねえ、アンタだけだよ。そんな頑なに一箇所に留まろうとしているのは。


「そうか」

「そうだよ」

「だが、俺は変わらんぞ」

「………」

「俺は変わらん。確かに全ては過去のことかもしれん。だが俺の中にあの頃のことはまだ確かに息衝いている」

「………」

「そうだ、今日も昔の夢を見たぞ」


バカだよ、アンタ。本当にばか。

皆変わるんだよ。変わらなきゃいけないんだよ。
時代はどんどん移り変わってくんだよ。私たちなんて所詮過去の遺物なんだよ。


「みんな、全く変わってなかったな。特にお前の貧乳具合は全くと言っていいほど」

「死ねバ桂」


変わらないものなんてないよ。
私も、アンタも、変わらなくちゃ。動き出さなきゃ。


「バ桂じゃないヅラだ!あっ間違った桂だ!」

「うっさいっつってんだろ…黙れ小太郎」


がさり。
再び揺れたコンビニ袋は、私の足元で小さく泣き声を上げた。



立ち尽くしてからの話

変われないのは私。
過去に囚われて身動きが取れなくなったのも、また

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -