4月中頃くらいの陽気が暫く続いていたその週も、土日を跨いだ途端何かを諦めてしまったかのように寒さが舞い戻ってきた。おかしいな、昨日は日がな一日自室でゴロゴロしつつも薄手のトップスと中学時代の芋ジャー(臙脂色)でどうにかなっていたというのに。
友人に連れられてやって来た屋上で私は早速己の浅はかさを悔いていた。ああ、何だって自分は教室から引きずり出される瞬間に偶然机の上に出ていた消しゴムなど手にしてしまったのだろう。少し頑張れば鞄に突っ込んだマフラーなりカイロなりに届いたはずなのに。
吹きすさぶ風が骨身に染みる。冷たい地面に直につけたお尻が冷たくて、私は恨めしげに隣に座る友人に視線をやった。


「ねえ、いい加減教室に戻ろうよ」


全く無言の空間に私の裏返った鼻声だけが落ちる。膝を立て体育座りのような体勢で地面を見つめていた友人は、しかしそれに反応を返してはくれないようで。


「聞いてますか猿飛さーん。私ちょっとかなり寒いんですけど。そろそろお尻が服部先生予備軍になりそうなんですけど」


続けざまにそう言うと漸く友人は顔を上げてくれた。秀麗に整った花の顔に赤い眼鏡が良く似合う。「ドジな眼鏡っ娘」を自称して憚らない友人であるが、私から言わせてもらえば「何か妙にエロ臭い歩く18禁眼鏡」である。
そのエロ眼鏡(略)の手元からはにちゃにちゃと粘着質な音が絶えず聞こえてくる。原因は漂う臭気ですぐに分かるのだが、遭えてツッコむことはしない。だってこれもう日常茶飯事。


「何?そんなに私のこの納豆を食したいと言うの?でもごめんなさい、これは銀さんのために練った納豆なの。貴女のような小娘風情が口にしていいものではないの」


折角目が合って会話ができるかと思ったのに、友人の口から発されたのは理解不能な宇宙語だった。


「いや誰がそんなことを言いましたか」

「フン、そんなこと言って一体何が狙いだって言うの?納豆?銀さん?それともこの私?」

「いや誰がそんなことを言いましたか」


ダメだこいつ早く何とかしないと。
もう色々面倒になった私は相変わらず納豆を練り続ける友人に蔑んだような視線を向ける。しかし彼女は悪いことに真性のマゾヒストであったために全く効果がない。寧ろ喜ばせてしまったようで一層のことこちらに多大なダメージが返って来た。


「いい加減にしろよお前。何で納豆なんだよ、何で腐った豆なんだよ」

「私に命令できるのは銀さんただ一人よ」

「意味が分かりません。ほんと何この納豆女…ていうか何で納豆って言うの?納豆は腐っているのにどうして腐った豆はどうして豆腐なの?そして納豆の賞味期限って何か意味があるの?」


思考回路はショート寸前。立てた膝に顔を埋めて意味不明なことを呻き始めた私の目の前にねちゃりと音を立てて納豆が差し出される。


「忘れなさい。そんな些細なことはどうでもいいのよ。今大切なことは何?考えてもみなさい、今更納豆を豆腐と呼ぶなんて何か悔しいじゃない」

「猿飛…」


涙に滲む視界で見上げた彼女の顔は、腹立たしいくらいに美しかった。背後に広がる空は青い。爽やかな青春の一ページに納豆独特の臭いが悶々と立ち込め………


「…何やってんのお前ら」

「「あ」」


突如現れた服部先生によってその空間は断ち切られてしまった。納豆を挟んで手を取り合う私たちを頭のおかしい人間を見る時の目で見つめてくる。


「先生質問です。何で納豆は豆腐じゃないんですか」

「知らねーよ」



腐ってやがる

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