「…あん時、お前が転んだ時。お前思いっきり突っ込んできたバイク避けようとしただろ」

「…え。そ、そうだっけ?」



あまり覚えていないのだろうか、不確かな言葉に俺は目を細める。するとフラッシュバックするかのように蘇る光景。
ケーキ屋から大きな箱を抱えて嬉しそうに出てくる女を見かけたのは偶然だった。暫く見守っていたのだがあまりに不安定な運び方をするものだからこちらとしても気が気ではない。キャラではないが助けてやるかと頭を掻いて、原チャリから飛び降りた矢先のことだった。



『――…ッ!?』



下ばかりを見て歩くそいつに向かって突っ込んでいく黒いバイク。スピードの出し過ぎか、恐らくそのままでは正面衝突は免れない。
咄嗟に俺はヘルメットを投げ捨て走り出していた。勿論対向車も迫っていたのたが、正直それどころではない。

鈍臭いそいつは本当にギリギリのところで状況に気付いて目を見開いた。黒目がちなそこに映り込むのはフルフェイスのマスクに黒い車体。
小さく空気が漏れるような声が聞こえて、その瞬間俺は地面を蹴り飛ばしていた。



「よろけて躓くのは構わねェよ。どうせ俺が隣にいんだから、支えてやりゃァいい話だ」

「………」

「…だけど、ああいうのはやめてくんねェか」



小さく零した声は情けなく掠れていた。

心臓が止まるかと思ったのだ。命なんてものは連綿と続いていくようでありながらある日突然終わりを迎えるあまりにも不安定なものだから。
なりふり構わず飛び込んだ俺にそいつは驚いた顔をしていたが、スローモーションのように流れる景色の中、落下するケーキも通り過ぎていくバイクも全てがどうでもよく思えた気がしたのだ。手を伸ばして芥子色の着物を掴んでもまだ不安だった。そのまま二人して仲良く植え込みに突っ込んで、そんで何故か庇われたはずのそいつが足の骨を骨折していたというのが事の顛末で。



「そりゃお前はお前という人間だから、二足歩行だろうが四つん這いで歩こうが俺に指図は出来ねェよ。でもさァ、折角の誕生日だっつーんだからさァ、」



あんまりだと、思わねェか。
口にしようと思った言葉は喉を震わせるばかりで形にはならないようだった。けれど俺の言いたいことは相手には何とか伝わったらしく、肩を掴んでいただけの手がぎゅっと首に回されるのを感じる。
ドクドクドク、背中に当たる胸部から、耳元に触れる手首から、そいつの鼓動が聞こえる。生きているのだ。



「ふらふらしてても偉そうでも、もうこの際何でも構わねェからよ」

「………」

「ケーキもプレゼントもいらねェから、だからちゃんと目の届くところにいて下さいってのはどうよ」



出来るだけ明るい声音で言ったのだが、微かに震えているのだけは伝わってしまったかも知れない。首に回る腕が苦しいくらいに締め付けてきて、それが何だか心地よくさえ感じてしまった。

俺がこの手で守れるものなんざたかが知れている。すべての事象からそれらを守るにはとんでもなく俺は非力で、だけどその温かさを知ってしまった今では取りこぼすことなんざ出来やしねェんだ。



「…苦しいんですけど」



白く吐き出される呼気の中、鼻声を隠すように呟いてみる。すると背後から「バカ」という小さなくぐもった声が聞こえて、俺はまた一つ天に向かって大口を開けて見せてやった。
もしかしたらこの星空もお前の声も痛みも、全部飲み込んでやれるような気がしてしまったのだ。



僕がきみの肺に
吸いこまれたら
ふれてとけてし
んでやがて呼吸
になる、そうし
たら僕がきみの
命だ     

(そうして僕らは脈々と受け継がれていく)


Happy Birthday
1010

吐き出す息が白いのは、生きていることの証なのだよ。



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