先公なんざやっている割りに、育ちの悪さが祟ってか中々気の短いそいつ。このまま延々と言い合いを続けていても仕方ないことは互いに承知していたのだが、それでも折れられない理由があるのだからそれもまた仕方がないと言っちゃあ仕方がない。
けれど今日ばかりは、と思ったのだ。もうあと少しで日付も変わる。用意しておいた料理たちは恐らく神楽につままれて無惨なことになっているだろう。

それでも少しでも俺の誕生日を祝おうとしてくれたことが、こうして今二人でいられることが嬉しいとか言ったら、それは今更な台詞になってしまうだろうか。



「オメーも悪いが俺も悪かった。喧嘩両成敗。これでいいだろ?」

「…私は別に」

「はい、もう意地っ張りはお終い!」

「…ゔ」

「3秒以内にその眉間の皺落っことせ。さもないと定春の散歩一月お前の担当にすっぞ!」

「えええ」



理不尽な言葉で押さえつければそいつは僅かに眉を顰める。けれど彼女も俺もいい大人だ。これだけ譲歩し合って折れないのなら、そこは狭量ということになってしまうわけで。



「はいカウントー。さーん、にーい、いーち」

「わっ、分かったわよ!もう意地張ってません!私も悪かったです!」

「よし」



慌てたように発された言葉にそいつの頭を撫でる。すると強ばっていた表情が一瞬溶けたような気がした。
それを横目で見ながら転がっていた松葉杖を拾い上げると、俺はよいしょという爺臭いかけ声でもって女の前にしゃがんでみせる。



「…な、何」

「何じゃねーだろ察しろよ!俺に恥をかかせないで!」

「察しろって言っても」



あからさまな「おんぶ」ポーズにプライドの高い彼女は凍り付く。大した人通りもないのに周囲をやたらと気にしては視線を巡らせていた。
ああもう、これじゃあさっきから堂々巡りじゃねェか。誕生日を迎えたところでちっとも大人になれちゃァいない。



「負ぶさるは一瞬の恥、負ぶさらないは一生の恥ですよ!俺の!」

「…何それ」



肩越しに叫ぶようにして言えば女がくしゃりと眉を垂れ下げる。そうして再び散々周囲を確認してからそっと俺の肩に手を置いた。羽織越しに感じる体温はやや冷たい。
もう片方の松葉杖も預かると言って手を伸ばしてそれを女の膝に通す。松葉杖で支えるようにしながらおんぶの体勢を作って立ち上がれば、それはそれは恥ずかしそうに顔を俯けさせた。



「…やっぱり恥ずかしいわ、これ。年齢考えなさいよ」

「怪我人にガキもアダルトもねェんだよ。そもそも病院からオメーが素直に負ぶさってりゃァこんな喧嘩にもならなかったものを」

「ば…っ、だって病院なんて一杯人がいるじゃないの!」



恥ずかしくて憤死するわ!上擦った声音で女が叫ぶものだから、そいつを支える俺の足取りが若干ふらつく。それに驚いたのか今度こそがしりと俺の肩を掴んだそいつに苦笑を漏らしつつ、俺は再びはあっと虚空に向かって息を吐き出してみせた。



「お、息白い」

「どんどん冷えてくわね…これじゃあもう冬じゃないの」

「冬かあ…こたつ出してチョコレートパフェ食べてェなあ…」

「そこは蜜柑じゃないの?私は鍋焼きうどんが食べたい」



まるでとある童話のような空想論を肩越しに繰り広げる。白い吐息に混ざる言葉は本当にその湯気の中から飛び出して来るかとさえ思えて、何だかわけもなくおかしかった。



「…ねえ、銀さん」

「あー?」



ふと、女が背後で小さく俺を呼ぶ。



「あの…ごめんね、今日」

「なーにがァ?」

「…ケーキとか、潰しちゃって」



間延びした俺の声に言いづらそうにしながら言葉を紡ぐ。どうやらずっとそのことを気にしていたらしい。今日のためにとそいつが用意してくれたのは薄っぺらい給料袋を叩いて購入してくれた特大のケーキだったらしく、午前中にふらつく足取りでそれを取りに行ったのがそもそものはじまりだったのだ。



「あー、ありゃァ中々惜しかったよなァ。生クリームがふんだんにスポンジと絡み合っててさァ…」

「…だ、だからごめんなさいって言ってるじゃない」

「いいえー。まあ潰れたケーキは戻って来ませんし」



またしても嫌みったらしい台詞が零れると同時に、肩を掴む力が強まった気がした。
子供を傷つけてはならないからと女の爪はいつも短く切りそろえられている。けれどそこには今日限りと決めた淡い色が載せられていて、本人がそうとは言わないが俺個人としてはそれが凄く凄く嬉しかったりもしたのだが。



「…あのさァ」

「………」

「何か思い違いをしてるようだから言っとくけども」



一拍おいて口を開くがそいつからの反応はない。意地っ張りの癖して落ち込み易いのだ、何て扱いにくい女だろうといつも思う。
思うのだ、けれど。



「銀さんがどーしてこんなに意地悪なのか、お前ちゃんと分かってる?」

「…だからケーキ」

「違ェっつーの。まあそれもないとは言い切れんが、そもそもお前に怒ってるんだよ俺は」



そう言えば頭上で小さくそいつが首を傾げるのを感じた。頭いいフリしてどうしてこう人の感情の機微というものに疎いんだか。吐き出される息が溜息に変わるのも仕方がないことだ。



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