真選組には鬼がいる。
鬼と言っても昔話に出てくるような虎縞パンツに棍棒を持った強面の怪物なわけではなく、ましてや際どいビキニルックで「ダーリン☆」なんて呼んでくれるようなやんちゃ可愛い鬼娘というわけでもない。要するに単なる比喩表現だ。
それでも真選組に籍を置く者は彼女のことを「鬼」と呼んだ。副長である土方さんですらその座右の銘を返上せんばかりに(というか半ば楽しんでいる節すら感じられるが)その呼称を使っているのだから、その定着ぶりたるや相当なものがある。

真選組にはとある女中がいる。
女中と言っても周囲から一目置かれるような優秀かつ才気溢れる人材であるわけではなく、ましてやちょっぴりドジな一面やミニ丈の着物からチラチラ覗く太ももが男心をくすぐるような「To LOVEる」的なメイドさんキャラというわけでもない。悲しいことに単なる比喩表現だ。

まあ兎に角その女中というのが件の「鬼」なのであって、何故彼女をしてそう呼ばれているのかと言えば小柄な体に見合わず暴力的かつバイオレンスな性格と口ぶりと態度を持っているからなのであって。

料理洗濯掃除に始まる女中仕事を淡々と(時折信じられないようなドジを交えつつ)こなす一方で、彼女はその拳を猛威とばかりに振り回した。しかもその被害は何故か一人の男にばかり集中している。
手にする箒やおたまを武器に変えては男に飛び掛る様はまさに「鬼」そのもの。既に日常と化したその光景に手を差し伸べる優しき心の持ち主がいるはずもなく、男は日々いらない怪我を増やしていた。


――男は、危機に瀕していた。
男は名を山崎退と言った。言ったとか他人事のように語ってはいるが何を隠そうこの俺が山崎退本人である。今更のようだが一応言っておくこととする。
今現在俺は担架に乗せられている。何故そんなものに乗せられているのかと言えば勿論怪我を負っているからだ。小学生のように勝手に備品を持ち出して「救急隊ごっこ〜」とか馬鹿な真似をしているわけでも、いざという時に備えて訓練をしているわけでもない。というか今がその「いざという時」なのだろう。何たって俺は物凄い重症だからだ。

今日の仕事がさほど大きな捕り物というわけではなかった。一応敵対する攘夷勢力の一派内部に侵入するという内容ではあったが、相手は三下であり特別問題視するほどのことでもなかったはずだったのだ。
だが、実際には問題大有りだ。
人目を盗んで調査を進めていたところを相手の一味に見つかったのが俺の運の尽き。咄嗟に煙幕を張って逃走を試みるも集まり始めた敵に包囲網を敷かれてしまい、多勢に無勢でつるし上げられた挙句がこの様だ。

偶然通りかかった巡察中のパトカーが俺からの無線に気付いてくれたから良かったが、肋骨やら足の骨やらが数本イッてしまったみたいだし、腹部に重い一発を食らったため内臓もいくらかやられているかもしれない。加えて頭からは大量の出血という有様。
いくら何でもそりゃねえだろというスプラッタ具合に我ながらため息が出た。手足は重くて動かせないし、出血のせいか酷い頭痛と眩暈がして立ち上がれない。まさか担架で運ばれようとは思わなかったけど、これは物凄く情けなさを煽られるな…

ぼんやりと見上げた空はところどころ赤かった。何だこりゃと思い手を翳そうとするが、あ、そっか動かないんだっけ。恐らく血が目に入ったんだろうと冷静に考察する中、周囲はとてつもなく騒がしいようだ。
どこか遠くに人の叫び声や喧騒を聞きながらのろのろと瞬きをする。既に固まり始めた血液が睫でパリパリと音を立てた。ああ、これ目が中途半端にくっつくかもしんないな…いやそれはまずいすごくダサイ。

半分だけ目を開けているという器用というよりは不気味な状態のまま俺の体は担架からストレッチャーらしきものに移された。隊士の一人が覗き込んできて「山崎!」甲高い声で俺を呼んだ。だーいじょぶだって。俺だって隊士の一人なんだから、こんくらいじゃ死なない死なない。
笑ってそう言ってやりたかったが如何せん手足が動かないのだ。肺が焼けるようで上手く呼吸もできないから言葉をかけることすらできない。情けないなあと苦笑しているつもりで眉を顰めた。うわ、泣くなよ大の男が情けない。



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