「やぁっと完成ぜよー。我ながら中々の出来映え…ってなーにをウトウトしちゅうがか!」
「………」


折角眠りに引きずり込まれる気持ちいいところにいたというのに、このやけに空気の読めない彼によって私は無理矢理覚醒させられてしまう。
寝ぼけ眼で不機嫌そうに睨みつけるもあまり効果はないらしい。目が合うと嬉しそうににこりと笑って、「見とおせ」などと独特の優しい訛りで私に紙を突きつけた。

あまりに近い位置に紙面があって焦点が合わない。鼻先に広告紙独特のインクの臭いがまとわりつくようで、私は顔を顰めてそこから身を起こした。


「上ぉ手に描けちょろう?」
「…何ですか?」


さっきまで私なんて気にもかけてなかった癖に。にこにこと機嫌よさげに笑う顔がうらめしくて、態とそっけなく言い放つ。
コンタクトを外している裸眼を眇めて広告紙を見つめていると、何やらそれをそっと手渡された。え、何?顔を上げると目を細めてこちらを見つめる彼と視線が、絡んだ。


「あ、の」
「すまんのー。どーにもわしゃー甲斐性がないようじゃき、世話んなっちょる女子に花束の一つも贈れんぜよ」
「え…?」
「ほんでもわしにはこれしかないきに」


広告用紙を渡されて、そのままそっと手を重ねられる。コタツに突っ込んでいたせいで汗ばんでいた右手が更に彼のぬくもりを吸収していくようだ。触れる場所から発火するように熱くなる指先に、連鎖したかのように頬と耳とがかっと赤くなるのが分かる。


「遅れてしもうたが、おんしにプレゼントじゃ」
「…これ」


遠視気味の目の焦点が紙面で結ばれる。そこに描き出されたのは無数に散らばる日用品の数々と、にこやかに笑う女の子の顔。
――私?問うよりも先にそっと彼の右手が頬に触れた。


「来年は、国会議事堂の壁一面に絵を描いて贈っちゃるぜよ」
「…犯罪ですよ」


鼻を啜り上げて私が言うと、頬に触れていた手がそのまま頭まで伸びてきてわしゃわしゃと髪を掻き乱される。
アッハッハ、お腹の底から笑うような彼の声が体の中に響いてきて、それだけで抱きしめられているような気がした。きらきらと瞬くのは、そこに介在する宇宙とかそんなものだ。

花束も贈れないと言いながら、自分の描く絵をプレゼントしてくれるという彼のセンスが好きだと思う。どれだけ大輪の花を贈られるより、どれだけ高価な宝石を渡されるより、ごく当たり前のように「来年も」と言ってくれることが何よりも嬉しい。

ねえ坂本さん。
貴方がその筆で描く世界の中に、私もこっそり紛れ込んでもいいですか?

口にするのも憚られるくらい、甘く弾ける想いは体から溢れ出そうとしてやまない。
うまく言葉に出来ないもどかしさにぎゅっと目を瞑ってみたら、あらら、いつの間にやら広大な宇宙に包み込まれていた。

遠くの空に聖夜の鐘は聞こえないけど、一番近い場所からは少し早めの心音が響いてきて。
それだけで泣き出しそうになれるのは、流星に跨って星の海を往く女の子の特権なのでしょう?







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