その両手を広げたら、きっと宇宙だって抱き込めてしまうのでしょう。
温かいヒーターに火照った頬でそう尋ねると、一瞬貴方はきょとんとした顔をしてみせた後、とてもおかしそうに笑ってくれた。
BGMにはショパンにバッハにシューベルト。軽やかで、甘やかで、そして時折残酷な表情を見せる音楽たちに、「クラシックなんて聞くんですね」とちょっと嫌味に言ってやる。
すると貴方はその美しい貝殻のような瞼をそっと伏せて言うのだ、「ゲージュツカじゃからのう」。一体どの口が、私がまた一つ言い募ろうとしたら、今度こそ「ちっくと黙っとおせ」と叱られてしまった。


「はーい…」


間延びした、聞きようによっては腹立たしい返事をしながら厚手の羽毛布団に顔を埋める。ようやく昨日出したコタツは目の前の彼がどこからか持ってきてくれたもの。曰く、ゴミ捨て場に放置してあったんだとか。この不景気に気前のいい人もいるもんだなあ。まあ私としては万々歳なので、心の中でこっそりお礼を言って差し上げる。
二人でいるのにコタツの隣り合う二辺に収まるという不可思議な定位置、そこに彼は大きな体を無理矢理押し込めて天板の上に肘を突いている。癖なのだろうか、左手はそのもさもさした頭に差し込まれていて。右手はと言えば淀みなく広告の裏紙の上を動き回っていた。

ただ絵を描く、それだけの行為だというのに。
その人が筆やペンや鉛筆を走らせる様は実に表情豊かであった。時に子どもが庭を駆け回るように、時に嵐に荒れる高波が岩に割れて飛沫を上げるように。対象とするものによって随分変わるその様子を観察するのは、密かに私のお気に入りでもある。まあ、集中している間は構ってもらえないのでちょっぴり寂しくもあるのだが。

本人が言うところの「ゲージュツカ」様でいらっしゃる目の前の彼は、どうやらこの空間にあるものを片っ端から紙面に再現しているらしい。ほとんどが左腕に隠れてしまっているが、時折覗くそこには机の上のみかんやら天井の蛍光灯やら床に放置された雑誌類などが緻密に描き出されていた。ううん、やっぱり何度見てもうまい。
一応これでも毎日芸術作品を見ている私の、自称結構性能のいい鑑定眼。それを唸らせるとは中々やるものだ。(勿論そんな偉そうなことを口に出しては言えないけど)

机の上には既に生ぬるくなった缶ビールと、某白いおじさんが目印のお店のチキンのバスケット。もうクリスマスは終わっちゃったんですよ、なんて当日を忘れ去られていた悔しさから意地悪げに言ってみたりもしたのだが、相変わらずの能天気な笑顔でかわされてしまったのだから空しさも一入である。
一緒にお祝いしたかったとかそういうんじゃないけど。お互い忙しい身だし、クリスマスなんてたかがどっかの外国人の誕生日だと友人は言っていたし。…それに何より私と彼は、恋人同士であるわけでもないし。

取り分けられたチキンの一つをおつまみ代わりにつついていたのだが、あまりアルコールに強くない私は段々眠くなってきてしまった。丁度BGMもそれまでの勇壮なものからメロウな曲調に変わったところだし、少しだけ目を閉じてしまおうか。
彼の独特な感性よって選びぬかれたカオス過ぎるクラシックを聞きながら、私はそっと目を閉じた。白い壁とダークブラウンの床が特徴的なこの部屋にあって唯一異質に浮かび上がるやたらレトロチックなくすんだ赤のコタツ布団。そこに埋もれるのはとてつもない幸せだ。

このまま本気で眠ってしまおうかと考えた矢先、けれどほとんど意識の外においやっていた場所から「できた」と決して小さくはない声が上がる。



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