閉めたはずのカーテンを再び開けてみると未だ外は明るさを留めていた。何だか勿体なくて外に出ると、どこかでヒグラシが鳴く声が聞こえる。


「…あっちィな」


呟きつつカンカンと立て付けの悪い階段を下る。
改めて見上げた空は水色に黄色を仄かに混ぜたような色をしていて、そう思った直後に青に黄色混ぜたら何色になるんだとそんなことをぼんやりと考えた。ババアの店からは何やら腹の虫を刺激するような匂いが漂って来る。どうやら仕込みの時間らしい。

カナカナカナカナ…ヒグラシの声につられてふらりと足が動く。
今日は新八と神楽はお妙に連れられて何とかっていう洋食屋に夕飯を食いに行くのだとか。つーかその面子でどうして俺を誘わねェのかと心から聞きたい。そりゃ新八は弟だから分かるよ、でも何で神楽?アイツ関係ねーじゃん、なのに何一緒になって「肉をたらふく食って来てやるヨ」とか言ってんの?てゆうか何アレ日頃の万事屋の食事情に対する嫌味?
考えていたら押さえていたはずの腹の虫がぐううと空しく鳴き声を上げた。ヒグラシの声に勝るとも劣らないその声に、俺はそっと腹部に手を宛がう。
畜生、俺だってステーキとかハンバーグとか食いたい。オムライスとかビーフシチューとかスパゲッティとか食べたい。

考えれば考えるだけむなしくなる。それが分かっていても思考は留まることを知らず、俺はいい匂いを醸す家々から逃げるように街を走っていた。


「…腹減った」


しかし動いた分だけ腹も減る。仕方がないのでコンビニに寄って、弁当でも買うかとぼんやりケース内を見て回る。夏のなんたらフェアだとかで上手そうなハンバーグやらオムライス(あのビーフシチューみてェのかかってるやつ)がイチオシ商品になっていたが、俺はそれに目もくれずに眼前の幕の内を手に取った。言っておくが神楽たちがうらやましかったからではない、断じて。
それと安いアイスを購入してレジに籠を差し出す。やる気のねェ店員が単調な音でバーコードを読み取る作業を繰り返す。


「お弁当温めますかァ」


心のこもらない台詞をこいつは一体今日だけで何回繰り返したのだろう。俺が頷くよりも早くレンジに弁当を突っ込んでいたそいつは、本当にやる気なくスイッチを押した。
そのままぼんやりとレンジが弁当を温める音だけを聞く。チーン、待ちかねたようにタイマーが鳴ると再び店員がレンジに相対した。開いたその内側は湿った湯気でほこほこと曇っていたが、それが何ともむなしいものであるように感じた。
なーにが635円になりますだよ、お前のその燃え上がらないハートをチンしてやろうか。

人のことを言えるような分際ではないというのに、そんなことを考えながら自動ドアをくぐる。涼しかった店内を出ると一層外気が蒸しているように感じた。
ああ、暑い。言葉には出さず吐息と流れた汗だけでそう言った。


「………」


空を見上げるとさっきまで青かったはずの空が少しずつ赤くなり始めていて、隅っこの方では薄めの藍色がじわじわと混じり始めているところだった。夏の空というものは何とも不思議で、日中の賑やかさが去ればどこかもの悲しさを感じさせる。
――会いてェな。ふと、そんなことを思った。またしても言葉には出なかったけれども、今度は吐息や汗でなく心臓にあるという心という部分がそう言った。

気付けば俺は万事屋のある方向とは真逆に歩み出していた。人通りの多い繁華街を抜けると閑静な住宅地に入る。ターミナルが一層デカく見えるこの地帯は、江戸にしてはどこか静かなイメージが強い。
俺はその編み目のような道をのたのたと、しかし足取りだけは迷うことなく突き進んだ。平屋やアパートが林立するそこはいくつも温かい光が点り出している。カーテン越しに漏れるそれは、見つめていると何だか凄く切なくなった。

慌てて俺は速度を速める。勿論走ったりなんかはしない、だって格好悪いからな。
あくまで冷静に、「まあちょっと近くまで来たもんだからよォ」という感じを装え、俺。



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