「沖田」

「あん?」

「床汚れるから、ちゃんと手ェ洗ってよね」

「おー。つか既にスイカ触っちった」

「怖いねー、アンタみたいな人間が真っ先にウイルスにやられるんだよ」

「マジでか」


そう言えばいつだったかコイツには「トイレに言った後手を洗わない」とかいう下らない自慢を聞かされたことがあった。そもそも自慢かと思うのだが、そういうところも相変わらずでもう溜息すらも出ない。
しかしこうして手もろくろく洗わないような人間の方がウイルスやら何やらの驚異から生き延びているわけだ。世界というのは全くもって理不尽なものである。


「そーだよ怖いよウイルスは。感染すると漏れなく天パになります」

「じゃあお前は天パの上にマヨラーになります」

「天パでマヨラーな上にゴリラになります」

「天パでマヨラーでゴリラなのに趣味はミントンに「しつこいよ」


笑ったら額に乗っけたスイカが落下する。ぼちゃん、無様な音であった。
床に広げたシートには薄赤い液体が飛び散っていて、その上でスイカが空しくごろごろと転がっている。夏だなあ、唐突にそんなことを思った。


「こないだテレビで観たんだけどさ、手を洗う時は誕生日の歌を二回歌うと丁度良いらしいよ」

「何だそりゃ」

「何かWHOとかが提唱してるらしい」

「NHKじゃなくて?」

「何でNHKが手洗いに誕生日の歌推奨すんの」

「何かお子様向けっぽそうだし」

「うち受信料払ってないもん」


バカじゃん、バカじゃないんじゃんていうか沖田は払ってんの、だから知らねェって、ダメじゃん、ダメじゃねェ。
不毛な話題はいくらでも口に上る。実際言いたい言葉ほど喉の辺りにつっかえてしまうもので、突然現れた男によって肩を支えられ仰向けになっているという状況も相俟って私は今にも窒息してしまいそうだ。


「つーか誕生日の歌とか最後まで知らねェや」

「うっそそんな人間いんの」

「いたら悪ィかィ」

「悪いよ非国民だよ、いや非地球人だよ」

「何それ」


眉を顰めた男はそれすらも絵になった。ど畜生、やっぱり顔立ちだけは数ヶ月前と変わらずいい野郎だなコノヤローめ。

いつまでも肩を抱いているセクハラ男を思い出したのは実は今日のことではない。
サークルで書かされた七夕の短冊は多分もう捨てられてしまっているだろう。でもスイカなんかに願掛けをするよりかは、ずっと効果があったらしいので。


「…ねえ、じゃあさ」

「あ?」

「私が隣で歌ってたげよっか。誕生日の歌」

「………」


3、2、1。たっぷり30秒間は固まって、それから男はまた盛大に眉を顰めた。
ああ、私が20回転したのだから、アンタは30秒くらい止まっているといい。足したら丁度50じゃザマーミロ。


夏のはじまり、天気は曇りと微妙。庭先に咲いた向日葵の花はまだ小ぶりで蝉の声はどこか遠い。お空の上のカップルは恐らく昨夜も円満に再会することが出来ず、ここ何年かのグダグダな逢瀬に「いい加減愛想も尽きてしまえばいいのに」と困った顔で織姫が笑ったという、これは七月某日、あわよくば七夕伝説のとなりのお話。


ぶはっ。怪訝な表情に堪えきらず噴き出すと、沖田はそのまま鼻フックをかましてきやがった。突っ込まれた二本の指からはスイカの匂いがして、遠くの空では



HAPPY BIRTHDAY
0708

thanx:「バースデイケーキ」様



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