寝巻きから隊服に着替え首にはマフラーを完備。ついでに少女の方は以前同僚が某ネズミ王国で買ってきてくれたネズミ型耳当てのフル装備で、雪掻きの準備は万端である。
納戸からバケツや大きめの塵取り、スコップにとんぼまで用意してガラリと玄関の引き戸をくぐる。達筆な筆遣いで「特別武装警察真選組」と書かれた看板は設立当初に将軍直々に賜った(らしい)(直属の上司である松平が言っていただけ)もので、ただでさえ萎縮してしまう門構えをより荘厳なものであるかのように感じさせた。

愛煙家である土方は懐から一本煙草を取り出し火を点ける。まずは一服と紫煙を吐き出した彼だったが、それと同時に前方から聞こえて来た騒ぎにただでさえ多い眉間の皺をまた一本増やすこととなった。


「ぎゃァァァやめて下さい沖田隊長ォォォ!」

「問答無用でィ、食らえ山崎!」

「いやァァァ!!!」


屯所の中庭ではキラキラと美しく輝いていた雪も、この場においては無残に踏み散らかされ土色と相俟って泥のような色を呈している。
その上を走り回るのはいつになく早々と起き出していた隊士たちで、でかい図体をした黒い集団が(恐らく)雪遊びに興じているのであろうその様は何だか物凄くミスマッチで恐ろしささえ感じさせられて。


「…何やってんだオイ」

「わーっ、いいなあ!」


ひくひくと口元をひくつかせる土方の横で歓声を上げたのは少女である。大きな目を目一杯に輝かせるその様はまさに雪上のワンコそのもの。
雪合戦というよりは最早一方的なイジメじみたその状況すらも彼女にとってはじゃれ合いのように見えて、自分も混ざりたいとあるはずもない尻尾をぶんぶんと振っているようだ。



「あ、土方さん」

「え、わっ、ふふふ副長!?」


その声に反応したのか雪原に映える蜂蜜色がこちらを振り向いた。それに続きその場にいた者が次々と視線を持ち上げる。


「いやっ、これは違うんです!」

「俺たちただ雪掻きしよっかなって思ってただけで」


頑強な体つきの男たちが土方の前にあっては形無しである。
涙目で指差すその先を見れば確かに雪掻き道具と思し着物らが門前に立てかけられている。しかし土方にとってそれはそれ、これはこれなわけであって。


「――問答無用だ。職務怠慢の罪で切腹を命じる」

「「「「えええええええ!!!!!」」」」」


非情なまでのお達しに総員が雄叫びのような声を上げる。ちょっと雪合戦してたくらいで切腹だなんて、次の瞬間門前は白ではなく一面の赤い雪に見舞われそうだ。


「まま待って下さい土方副長!」

「うるせェぞ山崎。てめェから介錯してやろーか」

「理不尽ンンン!!!」


最後の抵抗とばかりに手を伸ばした青年――山崎退に残酷な視線が向けられる。
ずんずんとその長い足でもって歩みを進める土方。その手には愛刀が握られており、今にも抜き去らんと鞘から抜き身が半分ほどこんにちは状態である。咄嗟に腰に手をやるが、雪掻きだと聞いていたため自室にそのまま置きっ放しのままだ。

ひやりとしたものが山崎青年の背中を伝う。ああ田舎のお父さんお母さんごめんなさい。退はここまでです、先立つ不孝をお許し下さい。
そんな祈りがあったかどうかは不明だが、あと一歩というところで山崎はぎゅっと目を瞑った。因みに覚悟なんて出来てもない、あんなん相当ノリのいい時じゃないと出来たもんじゃないから。


――バスッ!!
「………?」


が、しかし、いつまで経ってもその瞬間が訪れない。まさか土方のことだから意地悪く眼前で刀を構えた状態で暫く停止しているということもないだろうが(どっかの一番隊隊長なら喜んでやってるだろうが)、それにしても間が長すぎる。
恐る恐る硬く瞑られた瞼を引き上げる。するとそこにいたのは中途半端に刀を抜いたまま、左半面に白い雪を被っている鬼の姿で――


「当たった当たった」


きゃっきゃという笑い声に山崎の視線が向かって右側に向けられる。そこでは先ほど土方と出てきたはずの少女が諸手を挙げてはしゃいでいるのが見え、ついでに沖田とハイタッチまでかわしている。
どうやらこの土方雪塗れの犯人は彼女であるらしい。


「…てめェ」

「油断してる方が悪いんですよ」

「そうそう」


悪戯っ子のような笑いに土方は青筋を浮かび上がらせ、沖田は同意する。同意ついでにすっとしゃがみ込んだかと思えば何やらぎゅうぎゅうと小さな雪玉を一つ作り上げ。


「でもそれだけじゃヌルいですぜ。どうせならもっとこう…ぎゅっ!てな感じで握り込まねェと」


掌に乗るほどの小さな塊を手渡しにこりと笑む沖田。一見すれば微笑ましい光景であるが、その実物凄く恐ろしい裏があるのも本当なのである。


「って総悟てめェは何教えてやがる!」

「いやァどーせ狙うなら確実な方がいいかなと」

「確実って何が?確実に俺の息の根を止めたいの?」


是非は答えず今度は雪玉に小石を仕込む沖田にまた土方の叫び声が上がる。
その辺に積もっていた雪をぎゅっと一握りすると、野球の要領で大きく振り被り猛スピードで眼前の人物にそれを投げ込んだ。


「食らえやァァァ!」

「おっと」


が、しかし一方の沖田はと言えば難なくそれを避けてしまう。流石真選組一の使い手と言おうか、取りあえず土方の怒りのボルテージがランクアップしたことだけは確かである。


「何で避けんだコラァ!」

「アンタ馬鹿ですかィ。誰が好き好んでてめェの玉なんぞに当たりに行くか」

「てめェェェェェ!!!!」


対には毛を逆立てるほどに逆上した土方。横でへたり込んでいた自称有能監察に先ほど以上の睨みを向けると、まるで叫ぶかのように雪玉精製を厳命した。


「え、えええ!」

「つべこべ言わずにかってェの作れ!さもないと腹ァ掻っ捌かせんぞ!」


上司の命令権とはここまで不条理なものであったか。次々と雪玉を繰出す土方に遅れをとらない様必死で雪を掻き集める。ぎゅうぎゅうと掌で圧縮をかければ、小さいながらも殺傷率の高い凶器の完成である。


「オラオラオラオラァ!」

「おーにさーんこーちらァ」


鬼気迫る勢いで投げ込む土方に、ひょいひょいと身軽に雪玉を避ける沖田。まるで子供の喧嘩かのようなその様に、山崎以下その場に居合わせた隊士たちは正直呆れを隠し切れない。


「鈍りやしたか土方さん。さっきから球が止まって見えらァ」

「挑発はほどほどにしとけよ総悟!後で泣き見ても知らねェかんな!」

「隊長隊長!見て下さいこれヤベー硬いですよ!」

「よしそれ行っとけ」


ぎゃあぎゃあと屯所前で騒ぐお巡りさんたちに、道行く人々は好奇の視線を送っている。道路は投げられた雪が土と混ざり合っており、隊服はもうびっしょりに塗れて漆黒を一層深いものにしており。


「食らえ副長乙女の弾丸ンン!!」

「甘ェな小娘!俺に勝とうなんざ百年早いわ!」

「あと百年くらい余裕で生きてやりますよ!だって私たちまだティーンだから!」

「アンタみてェな年増と一緒にしねェで下せェ」

「殺されてーのかァァァァ!!!」

「あはははは…わぶっ!」


大口を開けて高笑いしていた所に土方の雪玉が決まる。ぼそぼそと剥がれていく雪の塊の向こうに視線をやれば、未だかつてないほどイイ笑顔で鬼がニヤリと笑っているのが見え。


「…今顔狙いましたね?」

「さァな。お前が的みてーな顔面してんのが悪いんじゃねェの」

「的みたいなってどんなんンン!?曲がりなりにも女の顔狙って生きていけると思ってんのかゴルァ!!」


安い挑発に互いが熱くなり、気づけばもう周囲は阿鼻叫喚の雪玉地獄である。気を利かせた隊士がその場に交通規制をかけるも、こうして真選組の評判は落ちていくんだろうなあとこっそり涙を流したのは秘密である。


「死ねェ副長!」

「てめェがくたばれ小娘!」

「わっ、副長こっちにも被害が、」

「傍観者ヅラしてんじゃねェぞジミ崎」

「うぼォ!」


雪玉が宙を飛び交い、怒声と笑い声がそれに混じる。気づけばすっかり太陽は高い位置まで昇っていて。


「…アレ?みんな何やってんの?」


総員が例外なく泥まみれの濡れ鼠になった頃、溶けかけた雪道を踏みしめる足音が響いた。
呆気に取られたようなその声にばっと振り返れば、いつも目との距離が全く感じられない太い眉毛が驚いたように垂れ下がっているのが見え。

一旦手を止め振り向いた彼らは一様に顔を見合わせる。そうして全員がにっと歯を剥き出して笑い合い、それが打ち合わせされていたことかのように声を揃えて高らかに叫んだ。


「きょくちょー!」

「「「「「お帰りなさァい!」」」」」」


声と同時に飛び交う雪玉は、優しい弧を描きながら紺碧の冬空の下星のように輝いていた。

Thanx:染色様

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