きらきらといくつかのシャンデリアが頭上で輝き、テーブルに整然と並べられていたグラスやそこに注がれる透明なアルコールの炭酸に反射しては美しくきらめきを放つ。

俺の可愛い…えーと、何代目かは分からねェが教え子が卒業してはや7年。あれからすっかり様変わりした生徒たちは、しかし中身の方は一向に変わっていないらしい。今日ばかりはと誰もがドレスやら着物やらスーツやらと一張羅を着込んでいると言うのに、司会が食事を促すや否やそこら中で醜い争いが勃発しているのがいい証拠だ。
全く、お前ら自分の年齢を考えろコノヤロー。新郎側の親族がその惨状に唖然としているのを見て俺は頭を抱えた。

変わらなねェなァと小さく呟けば、隣に座っていた高杉が「オメーは老けたな」とニヤニヤ笑いを向けて来る。腹が立つのでそいつが態々注文していたワインを奪い取って乾してやる。ぷはあと一気にグラスを空ければ遠方から飛んで来る野次や歓声。
それを聞いてけらけらとおかしそうに笑う少女は美しい白を纏っていて、その笑顔だけは相変わらずだと思わされた。


『さて、それでは続いて祝辞の方を恩師の坂田先生より賜ろうと思います』


そんな中この状況を打開しようと必死になっている司会がそう言った。俺は名前を呼ばれてはっと顔を上げる。やべ、そーいや俺その為に呼ばれたんだったか。
少し乱れたネクタイをきちんと締め直し席を立つ。するとあれほどまでにうるさかった会場がしんと静まり返る。あれ、こいつらがこんなに静かになるのってもしかして初めてじゃねェの?

円卓が並ぶ中を打ち合わせ通りに進み、俺は正面右手のマイクへと足を進めた。途端パッと照明がこちらを向き、俺はその明るさに思わず目を瞑る。


『あーあー…よし、マイク入ってんな』


微妙にハウリングを起こすそれをよく確かめながら言葉を発する。「待ってました」とばかりに神楽が手を叩けば、主役でもないのに俺は暫しの間拍手の波に取り巻かれた。


『えー…本日はお日柄もよく、ご両家の結婚を心よりお祝い申し上げます』


慇懃な言葉で祝辞を述べる。
こんなのを頼まれるのは初めてのことだったのでどうしていいのか分からず「他を当たれ」と最初こそは断ってしまった。しかし今日主役となるはずの彼女が「どうしても銀ちゃんがいいの」と言うものだから、しょうがねェなァと遂に俺も折れてしまったわけで。
腐っても国語の教師。とは言え流石にこんな改まった場所でバカを言えるはずもないため、祝辞は結構必死になって考えた。経験のありそうな長谷川さんやババアなんかに話を聞いて回り、それなりにいいものが出来たはずだ。

まるで水を打ったかのような会場に俺の声だけが反響する。横を向けば一瞬だけ、少女の姿を脱しようとする彼女と目が合った。
――ああ今日君は、俺の知る君から卒業しようとしている。


『在学時には学級委員なども勤め、そのリーダーシップを遺憾なく発揮してくれました。彼女に与えられたこの才能はきっとこの先温かな家庭を築いていく際にもとても重要なものとなることでしょう』


まるで俺の口ではないかのようにお綺麗な言葉がするすると滑り落ちる。たまにカンペをチラ見しながらの言葉はまるでこの日の為に型を取られたものであるかのように完璧で、親族の何人かは目頭を熱くさせているようだった。

けれど嗚呼、俺の右側で柔らかく微笑んでいる君に思う。
違う、俺が言いたいのは、伝えたいのはこんな言葉なんかではない。


『………』


途端言葉を止めた俺に、会場がにわかにざわめき出した。もしや緊張で言葉を忘れたかと慌てる司会に、俺は改めてすっと顔を上げる。


『…まあそんなわけで色々言いましたが、ぶっちゃけ今のは今日のためにと必死になって僕の…いや、俺の知り合いのモーロクしたバアさん共が捻り出してくれた言葉です』


突然変わった俺の語調。今日のような晴れ晴れしい舞台に相応しくないだらけたそれに、一同がぎょっと目を見開く。
しかしそれも構わず俺はネクタイに指を突っ込みそれをだらしなくずり下げた。息苦しいボタンも第二まで外してやる。整えられた頭も何だかかゆくなって来たと、バリバリ引っかいてやれば煩わしくもあっちこっちに跳ね回る元気さを取り戻しやがった。


『いいかテメーら。俺が態々ここに立ってやったのはこんなこと言うためじゃねーんだよ』


マイクに掴みかかるようにして言えば、親族は唖然とし、3Z連中はわっと湧き上がるような声を上げる。


『大体なァ、お前らはいつまで経ってもガキ過ぎらァな。こんなとこに呼ばれて騒ぐ奴があるかバカヤロー。お陰で先生さっきから落ち着いて酒の一杯も飲めねェよ』

「全然飲んでんだろーがオメーはよ!」


言えば、先程勝手にワインを飲んだ当てつけにか高杉がワインボトルをぶん投げて来やがった。それをひらりと避けてかわせば背後でガラスの割れる音。
それを聞きつけそこら中でガキ共がガタリと席を立つ。さあお前ら存分にやってやれ。今日は楽しい祭りの日だ。


『耳の穴かっぽじってよく聞けよ!俺が言いたいのはただ一つだ!』

「「「何だァァ!!」」」
「結婚して銀さァァん!」


俺の声にまるで雄叫びのような応答が上がった。いくつか耳障りな声が響いたのは気のせいとしておこう。


『新郎に告ぐゥ!』

「は、はいっ!?」

『お前言っとくけどな、このガキは今やこんなお澄まししてやがるが、当時と来たらとんでもねェじゃじゃ馬だったかんな!その辺覚悟は出来てんだろーなァ!』


全く見ず知らずの新郎にびしりと指を差せば、慄いたようにこくこくと首を縦に振る。何だ、随分と地味な男を選んだもんじゃねェかてめェは。
そのまま視線を動かし新婦である教え子に目を向けた。


『そんじゃあ新婦!オメーもな、いい加減大人の女性たる自覚を持って、くそまずいメシの一つも克服するよう精々頑張れや!』

「………」

『お前は昔っから無理して笑う癖があったからよォ、折角尻に敷かれてくれそうな男がいるんだから存分に甘えてやれコノヤロー!』

「…う、ん」


俺の言葉にいきり立つかと思いきや、彼女はその大きな目を見張って必死にこちらを見つめていた。俺の放つ一言、否、一文字ですら聞き逃すまいとするように。


『…幸せな家庭築いて、ガキをアホほどこさえてよォ、そんでいつまでも二人して馬鹿みてーに笑ってろ』
『目だか鼻だか分かんなくなるくらい皺くちゃになれ。もう取れねェってくらい笑い皺作れ』

「…ぎんちゃん」


呟いた声は掠れていた。嗚呼、俺もそろそろ限界だ。


『どこにいたってすぐ分かるくらいデケー声で笑ってろ。それがこれからお前に与えられた唯一の仕事だバカヤロー』

「…う、っん」


ああもうぐちゃぐちゃだ。折角綺麗に整えられたメイクも、今日の為にと選んだろうドレスも、朝からスタッフらが丹精込めて作り上げた会場も。
だけどこれこそが俺たちだろう。俺からの、俺たちからの最大級の「おめでとう」だ。


『毎日笑って精々幸せになれ。間違っても振り返ったりするんじゃねェぞ』


7年前、俺の隣で見せていた笑顔を忘れるなよ。
どうか、どうか君は誰よりも幸せになって欲しい。正面から注がれる照明に隠れて、俺はこっそり涙を流した。




『それが僕の、(最後の)願いです』

銀八先生と、生徒で元カノな女の子の結婚式。

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