「ヤンデレかあ…」


掃除機片手に客間の床を掃いていたら、ソファで寝転ぶ粗大ゴミが何やらぽつりと呟きを漏らした。

その手には珍しくジャンプではなく小型ゲーム機。結構前にピン子だかなんだかを育成する?ゲーム?(言っといてなんだけどちっとも面白くなさそうだ)を新八くんのためにやり込むため、ぺらっぺらのお財布から何とか捻出して購入したものだ。
漫画は読むがゲームにはあまり興味がなさそうだったし、神楽ちゃんもわたしも大して頓着しなかったので、以後はお菓子が入っている棚の上辺りで誇りを被っていたのだが。


「おーいちょっとそこの毛玉。邪魔なんでどいて下さい」

「おーいちょっとそこの家政婦。家主に向かって毛玉たァいい度胸だなそこに直れ」


寝転がったまま温度の低そうな闘志を見せる銀時さんに、私は「へいへい」とやる気のない返事を返す。中途半端な格好で寝ているから物凄く掃除の邪魔だ。つーか誰が家政婦だっつーの。


「そこは『承知しました』だろお前。ドラマ見てねえのか」

「私の中で家政婦といえばいつまでも悦子ちゃんなので」

「常々思ってたけどお前やっぱ歳誤魔化してんだろ」


元々あまり気乗りしなかった掃除を投げ出し、私もソファに腰掛ける。勢いよく座ったら自称家主が「サボってんな」などと妄言を吐いてきた。自分が行った言葉に責任も持てないなんて、これだからマダオはだめなのだ。
腹が立ったので銀時さんの夕飯はTKG48(たまごかけご飯48杯)にしようそうしよう。


「つーかオメーもよー、家政婦だかメイドだかならもちっとキャラ立たせてから来いよなァ」

「は?」


悶々と嫌がらせのような夕飯の献立を考えていたら、またしても意味不明な言葉をかけられた。話の飛び方が女子高生並みでついていけない。


「仰る意味がわかりかねます」

「だからよォ、メイドは既に下に一体いるんだから、似たようなポジション狙ってくるならキャラクターの確立が大切なんであってな」

「漫画の編集者ですか」

「ちげえよ俺はお前さんの未来を危ぶんでだな」


違うだろ明らかその右手に携えてるゲームの影響だろ。などとは決して口にはしないが(目が雄弁に物語るのは不可抗力だ)、兎に角わたしは目の前にいる人の言い分がよくわからなかった。そもそもわたしはただの家事手伝いの臨時アルバイトなのであって、今日なんかは新八くんがライブに出向くからと代行を立てられただけなのであって。
何やら切々とわたしの「キャラづくり」について説いている家主…というよりわたしにとっては雇い主という印象が強いその人は語り続けている。早い話が巷で流行の萌えゲームに出てくるキャラクターに「ヤンデレ属性」なるおなごがいて、お前ちょっとそこんとこやってみないかとそういうことのようだ。


「仰る意味がわかりかねます」


ほんの数分前に発した言葉を、一字一句違えず再度口にする。銀時さんは何やら不満げな顔をしたが、それは私がしたいところだ。


「というかヤンデレって何ですか」

「何でしょうか。ハイ名前」

「ヤンキーデレシシシ」

「後半ちょっと意味わかんないよね」


可哀想なものを見る目を向けられた。むかつく。

わたしが眦を吊り上げていることなど意にも介さず、銀時さんは切々と「ヤンデレ」の説明をしてくれた。なるほど恋愛の対象を精神に異常をきたし、ぶっ殺してやりてえと思うくらい愛してしまう性癖の持ち主だと。


「それのどこが萌えなんですか」

「男なら愛してみせようヤンデレ娘。字余り。」

「銀時さんはこのモミジとかいう清楚系がすきなんだと思ってましたけど」

「本命はモミジ、あるいは秘書のキキョウさんだ。だが綺麗どころばかりも食傷気味なんでな。時にはゲテモノも食ってみたくなる男心というやつだ」


なるほど。これがモテない男の悲しい逃避心理というやつか。
何もできないわたしは、先ほど銀時さんが見せたものの数十倍は可哀想な気持ちを込めた視線を、雇い主さまに送って差し上げた。


「何その目腹立つんだけど」

「強く生きてください銀時さん。明日があるさ」

「何こいつぶっ殺してやりてえ」

「あっ、銀時さんってばヤンデレですね」

「今どこにデレ要素があった?そしていつ俺がオメーを愛した?」


色々と不服そうな顔で迫ってくる銀時さん、もといもじゃもじゃ(現在視界には銀色の毛玉のみが見える)。「まあとりあえずお前ちょっとやってみなさいよ」だなんて、まあ無茶を仰る。


「えー、ぶち殺しますよ銀時さん」

「今のは演技してくれたの?それとも本音? あと俺のことは是非『ご主人様』で頼まァ」

「ぶち殺しますよご主人様」

「さっきと何ら変わってないですよね」


銀時さん、もといもじゃもじゃ、もといご主人様は注文が多くて面倒くさい。ヤンデレやってみろって難しいこと簡単に言うんじゃねえぶち殺しますよ。


「話を聞くに、そもそもわたしが銀時さんに好意を抱いているという前提条件がないと難しいですよね」

「まあそうなんだよなァ」

「つーか現実問題こんなんいたら怖すぎますから。精神異常者ですよ」

「男の夢台無し!!!」

「どうしてもわたしにヤンデレやらせたいなら、とりあえず頑張って好意持たせてみて下さいね」


まあ掃除の邪魔してる時点でかなり難しいと「時給50円アップとか」

「愛してますご主人様」

「………」



思い残すことなどない
金の亡者のヤンデレ家政婦さん(暫定)

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