ぴかぴかの、と言えるほど大したものではなかったけれど、それなりに期待やら夢やらに胸を膨らませて飛び込んだ高校生活。中学までは校則違反だった短いスカートや洗髪、こっそりピアスなんかも開けちゃったりして。勉強は…まあそこそこのものだろうけど、友達を沢山作って、放課後雑誌に載ってるカフェに行ったりして、それでそれで、できたら彼氏なんかも作っちゃったりとか!


「でもさ、言う割に君の胸はまな板のまんまじゃない。表面化しないのに膨らませる意味あるの?」


…などと、目を輝かせていた頃の何と懐かしいことか。

回想に耽り遠い目をしていた私にいらんツッコミを入れてきた不届き者をぎろりと睨みつける。下から覗き込むような姿勢で腰を曲げていたそいつにはさぞ威圧的に見えたことだろうが、しかし相手が相手なのでまるで効果はないようだ。「あれー?」間延びした声音で疑問符を飛ばし、重力に従って垂れ下がっていたみつあみがひゅるんと揺れた。


「何?怒った?」

「…べっつに」

「俺は事実を言っただけだよ。もしかして気にしてるの?」

「………」


このやろう。失礼もいいところな発言に私のこめかみには新しい青筋が浮かぶ。まともに取り合っていたら身が持たないことは入学からの数年で分かっていることなのだが。


「大丈夫だヨ、世の中にはぺったんこがステータスっていう変態さんもいることだし。勿論俺は巨乳派だけど」


ああ、そのお綺麗な顔をぶん殴ってやりたい。
にこにこと人好きする笑みを浮かべる男は名を神威と言った。敢えて紹介してやるならば日本には珍しい桃色の髪と青い瞳が特徴的で、見目に似合わずよく食べるということ。そしてこの夜兎高校のトップであるということぐらいだ。


「…誰のせいで私の薔薇色の学園生活が瓦解したと思ってんのよ」

「あれ、何それ俺が悪いっての?」


きょとんとした間抜け顔は見ようによっては可愛らしいもののようだ。どちらかと言えば偏差値の低いこの学校でも、女子が目を輝かせるだけのことはある。

神威との出会いは態々記述するほどのものでもない。単にクラスメイトだった私をパシリに任命した、それだけ。
見た目は単なる優男だが滅法強いと噂の“神威くん”に目をつけられ始めはビビりまくっていたものの、付き合いが長くなればそれだけ慣れもする。最近では重なる理不尽な要求にも文句を言えるようになり、周囲から畏敬の視線を送られ…って何これ。考えたら入学当初の目標なんて全然叶わない気がしてきた。

神威に見えないようこっそりと自分の胸元に目を落として溜息を吐く。本当に私の3年間はこの馬鹿野郎のおかげでめちゃくちゃだ。スカートや洗髪、ピアスまでは何とかなったものの、女友達とおしゃれなカフェに行くことも、ましてや彼氏を作ることすらできなかった。いやまだ数ヶ月残ってるから断定したくはないのだけれど。
溜まり場となっている屋上から見る景色はとうに見慣れてしまった。吹き荒ぶ風が少しだけ冷たくて、開けっ放しの襟をかき合わせながら息を吐いた。


「まあ君の学園生活なんか正直どーでもいいよね」

「言い切るなピンク頭」

「それより俺お腹減ったんだけど。頼んどいた焼きそばパンは?」

「………」


私の人生の何分の一かをどうでもいいと言い放ったその口で、神威は今日のお昼の心配をしだす。因みに言わせてもらえば焼きそばパンなどを頼まれた覚えはない。そして私はエスパーなどではないので当然そんなものを買っているはずもない。
「ないよ」言い切る前に寄りかかっていたフェンスがみしりと嫌な音を立てた。


「…器物破損は犯罪だよ」

「君が悪いから俺は悪くない」


アンタはどこのガキ大将だ。否、こんなんならば某メガネっ子をいじめる八百屋の息子の方が万倍もマシである。
私は既に修復不可能なまでに歪んだフェンスを見、また一つ溜息を漏らした。あーあ、今月は色々出費があって懐が寂しいのになあ。


「言っとくけど多分焼きそばパンは売り切れてるよ」

「んじゃコロッケパンかカツサンドでもいーや」

「…だからどーしてそういうとこを狙ってくるかな。めんどいからきんぴらパンでいいよね。よし決定」

「君も中々いい度胸してるよね」


背後に殺気混じりの声を聞きつつひらりと手を振る。立て付けの悪い屋上の扉は数々の不良が侵入を果たそうと破壊工作に励んだお陰で、より一層開けづらくなってしまっている。不快になる甲高い声に眉をしかめながら踏み込んだ校内は、何というか独特の匂いに溢れていた。


「おばちゃーん、焼きそばパン辺りの無難なパンをおくれー」


てろてろと大して急ぎもせず辿り着いた購買は既に人でごった返していた。授業の出席率は悪いのに、昼時だけはどこから湧いてくるのかやけに校内の人口密度が高くなる。アホばっかだなあと思いつつ気だるく声をかけると、無遠慮にいくつかの惣菜パンがぶん投げられた。


「…わお、カツサンドじゃん」


するとどうやらそれは購買でも一番人気の商品であり、私は目を丸くした。何を隠そう伝説と呼ばれるこのカツサンドは、一つ一つ近所のベーカリーで手作りされている幻の一品なのだ。在学3年目にして初めてお目にかかるが、なるほど発売後1分で売り切れるというのは伊達ではなさそうだ。
私は生徒の群れの中に無理矢理手を突っ込んで代金を払い、それから自販機のコーナーへ足を向けた。パンのレベルの高さに比べて大したものは置いてないけど、どうしてだかいちご牛乳だけはなくなったことがない。いつもは目にも留めないピンクのパッケージには目と口のついたファンシーないちごのキャラクターが描かれていて、気付けば私の指はボタンを押してしまっていた。


「あらら」


ガコン、軽い音を立てて落下してきた物体に思わず声が上がる。神威は確かご飯と一緒に牛乳を飲むことを嫌うタイプだった。こんなの買っていったら間違いなくミンチにされるなあ。などとぼんやり考えつつも、面倒だし手持ちはないしということで仕方なくそれを持っていくことにした。暴力は嫌いだが腕を振り上げられたら思いっきり叫ぼう。

元来た廊下を再びてろてろと歩いていく。屋上に至る階段の手前、渡り廊下を過ぎる時ちらりと見えた中庭では、何やら男女が不自然な距離で向き合っていた。あらまあとどこかオバサン染みた心境でその情景を心に留めつつ、何やら空しくなって足を速めた。
再びあの扉の前に立ってドアノブを捻る。ぎいいいと今にも死にそうな音を立てるそこを潜り抜け、未だこちらに背を向ける神威にずかずかと歩み寄った。


「ん」

「ごくろうさまー」


無愛想に腕を突き出せば、さほど心のこもらない謝礼が返る。パンといちご牛乳の入った袋をガサガサする神威を無視して再びフェンスに寄りかかれば、先ほどの一撃によって何だか不安定な感じになってしまっていた。


「あれ、カツサンドじゃん。どうしたのコレ」

「粋なおばちゃんがいたのよ」

「ふうん…あ、でもいちご牛乳なんだ?」

「うん」


大した感情の浮かばない声音は怒りも喜びも伝えてはこない。互いに背中を向けたままの会話は時々吹き込む風によって邪魔されるが、まあ私たちには丁度いいくらいなのだろう。
怒られるのも嫌だななどと考えつつ、私自身のお昼ご飯を教室に忘れたことも思い出す。結構お腹が減っているのでさっさとここから立ち去りたいが、果たしてご主人様はそれを許してくれるだろうか。


「ねえ神威、っ」


が、振り返るより先に頬に何か冷たいものが当たった。それに驚いていると更に唇にもさもさとした感触が。


「…はにふんの」

「あは、奪っちゃったー」


幾分か古いネタを披露する眼前の男の手には、件のいちご牛乳とカツサンドの切れ端が乗っかっていた。しかし事態の把握ができずに目を瞬かせている私などには頓着もせず、後は任せたというようにすぐに手のひらを外してしまう。」


「わっ、ちょっ!」

「俺牛乳好きくないからそれあげる」

「え?」

「牛肉なら大歓迎なんだけどなー…あ、焼肉食べたいかも」


私の疑問に気付いているのかいないのか、ごく自然に親切っぽい言動をこなしてみせた神威がよく分からない。というかカツサンド食べながら焼肉の話すんな。


「ねえ、放課後焼肉行こうよ。多分今日は阿伏兎も来てるだろうし」

「…アブさん財布にすんのは可哀想だよ」

「じゃあ云業にする?」


たまには自分で払いなよ。思ったけど口にするのはやめておいた。だって早く飲まないと、いちご牛乳あったまっちゃうし。


「てゆーか今気付いたけどこれじゃ足りないよね。そこらへんもっと頭使えなかったの?」

「手持ちがなかったのよ」


既に食べ終わり次を要求するばかむいはさておき、私はパックにストローを挿したりカツサンドを落とさないようにするのに忙しい。口をつけるのがやや躊躇われるほど甘い芳香を醸し出すいちご牛乳は、口に含むととてつもなく不健康っぽい味がした。

制服のスカートは短い。髪もこないだ美容院に行ったばかりだから綺麗なアプリコットに染まっている。ピアスは暫く新しいのを買っていないけど、今日つけているのは中々お気に入りの一品だ。
思えば、ちびちびと貧乏臭く吸い上げるいちご牛乳は笑ってしまうくらい女の子らしいアイテムだった。どことなく気恥ずかしくなって開けっ放しの第二ボタンを留めて、大きめのセーターの袖を引っ張ってみる。


「…って何これ。カツが入ってないじゃないの」

「でも味はするでしょ?」

「いじめじゃんか」


まあそれでも、これも一つの形だというのならば。



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