きらきらとシャンデリアの光に瞬くそれは、例えて言うならまるで夜空を翔ける星の欠片のようだった。




広いホールにひしめく人々。この日のためにと誂えたのだろう淑女の皆さんのドレスはどれも競い合うように美しい色を咲かせていて、それに誘われる蝶さながらに男性たちがダンスの相手をと右手を差し伸べている。

某国の爵位を持つと言う老人の誕生パーティは絵本でしか見たことのないような舞踏会だった。
室長から与えられた任務のためこの古めかしいレンガ造りの街を訪れたのは三日前のこと。しかし何故だか相棒であったはずの人間の人当たりの良さが老人に受けてしまったが為、こうして私は壁に寄り添う一輪の花とならざるを得なくなっている。


「(もう任務も終わってるってのに…)」


私たちが毎日のように世界の終わりを食い止めるべく戦っていると言うのに、この空間はまるでそんなことなど知らないというように煌びやかな光で溢れている。
並べられた円卓には見たこともないような料理が並べられ、ホールの真ん中でくるくると踊る人々は上等な反物で作られたのだろう衣装に身を包む。まるで戦争と言う言葉と結びつくことのない世界。出来ることなら私だって、裏側の国なんて見ずにこんな場所でにっこりと笑っていたかった。

ぶすくれた顔を隠すように先ほどウエイターに渡されたグラスを口に寄せる。未成年なんだけどと断る間もなく与えられたそれは、しかし私の杞憂などいらないと言うかのようにノンアルコールのグレープジュースだった。
こくり。小さく飲み干す真似をするが既に中身は空っぽだ。しかし動こうにも人ごみに紛れてしまいそうだし、何より慣れないヒールで足が痛むのだ。


「…こんなことならリナリーとかに借りてヒールを履いておくんだった…」


軽く屈んで足を撫でるも、赤く腫れ上がった踵が治るはずもない。
周囲で笑いさざめく人々は私などに興味はないらしく、私よりも頭一個分ほど高い場所でアハハオホホと意味不明な会話を繰り広げている。これがいわゆるハイソサエティ、上流階級と庶民の身分差なのかとふて腐れてみたところでどうなるわけでもない。
与えられた裾がふんわりと広がる淡いイエローのシフォンドレスも台無し。頭に指されたドレスと同色の可愛らしい花さえもしおれてしまったような気がして泣きたくなった。

畜生、こうなったのも全部アレンのせいだ。
俯いた矢先で小さく相方に毒を吐く。そもそもあいつが誘いを断っていればこんなことにはならなかったのだ。ていうか食事を取ってくるって言ってどんだけ時間かかってるの。いくらアレンが大食漢だからって、そろそろ30分が経過するっていうのに。

見上げた先にあの妙に目立つ白髪頭は見られない。普段彼より背の高い神田やラビなんかとすったもんだしてる時はすぐに分かるのになあ。
黒いコートによく映える白銀の髪は、古今東西のエクソシストや科学者が集まる教団においても珍しい。初めて会った時は思わず「若白髪」とか叫んでしまったくらいで(恐らくそれが今も続く微妙な不仲の原因だ)、以来私の中でアレンの特徴と言えば真っ先にあの頭髪が出てくるほどになってしまった。

しかし今日は何故だか彼の頭部を見つけることが出来ない。ハイヒールを履いたご婦人や、背の高い男性がたくさんいるからだろうか。というかあいつがチビだからかもしれない、多分そうだ。
出会った時には私よりも目線が低かったものだから、印象としてはチビというのが先行する。「すぐに追い抜いて見せますよ」とは奴の口癖みたいなものであるが、果たしてそれはいつのことになるやら。

小さく溜息を吐き出せば、グラスの中に入っていたチェリーの種と茎がころりと揺れた。寄りかかっていた壁も私の体温で些か温かくなってしまっている。
早く帰って来い。念を飛ばすようにグラスの足をぎゅっと握ったら、まるで思いが通じたかのようにふっと目の前に影が落ちた。


「!アレ「お嬢さん、もしかしてお一人かな?」


が、しかし弾かれるようにして見上げた先あったのはあの白髪頭ではなかった。
にこりと人好きしそうな笑顔を見せるおじさんの頭部は景気よくハゲ散らかっていて、それでも身だしなみのためかきっちりと整髪されているのがやけに笑える。


「いえ私は」


一応連れがと私が口にしようとした瞬間、がっとおじさんに腕を掴まれた。何事だと驚いて目を見開くが、おじさんは先ほどからの相好を崩そうともせず。


「嘘など吐かずともいいんだよ。さっきからずっと見ていたんだ、こんな可愛らしいお嬢さんが一人で壁の花になっているなんて勿体無いだろう?」


にこにこと笑いながらおじさんは私の腕を力強く引き寄せる。
「どうだい?おじさんと」なんて意味深な台詞を耳元で吐かれぞわりと鳥肌が立つのを感じた。果たしてその台詞に続くのが「おじさんと一曲」なのか「おじさんと一晩」なのか、判断するのは難しいところである。


「やっ、やめて下さい!私本当に相手の方がいるんですってば!」

「怖がらなくていいんだよ、優しくしてあげるから」


その言葉から恐らく選択は後者であろうと脳が決定を下す。
やばいやばいと本能が警鐘を鳴らすがおじさんの太い腕はびくともしない。こんな所でイノセンスを発動するわけにもいかない私は、そんじょそこらの女の子と寸分変わらない役立たずだ。
苛立ちや気持ち悪さよりも情けなさが勝るぐちゃぐちゃな心境の中必死に腕を突っ張れど状況が好転するはずもなく。おじさんの息が妙にハアハアと荒くなって来たのだけを聴覚が察知すると、鳥肌を飛び越えて体温が著しく低下し始める。
ちょっとどうしよう、これホントにやばいって…!

もうだめだと目を閉じたその時だった。
再び頭上に影が覆い被さり、次の瞬間盛大な破壊音が目の前で弾け散る。


「ぐ…っ!?」


呻いたおじさんの声と共に掴まれていた腕が開放された。踏ん張っていた足の余韻でふらふらと数歩後退すれば、先ほどまで寄り掛かっていた壁にとんと背中が当たる。
恐る恐る目を見開く。すると目の前にあったはずのおじさんの上着の深いブラウンが床にあって、それを踏んづけるようにすらりとした足が背中に乗せられており。


「おじさんダメじゃないですか。ロリコンは犯罪なんですよ」

「あ、アレン…!」


柔らかい声音で諭すように言ったのは探していたはずの私の相棒だった。恐らくおじさんを叩き潰すような形で飛び蹴りでも食らわせたのだろう、勝ち誇るようにしておじさんの背中を踏むその姿は、普段紳士然としている彼からは考えられない光景である。


「く…っ、き、貴様…!」

「あれ、まだ息がありましたか。起き上がれないくらいの勢いつけたつもりだったんですけど」


ぎしぎしと首を回して見上げるおじさんをにこやかに見下すアレン。頭上に輝くシャンデリアが照らし出す髪はいつもながら美しい白銀で、轟音も相俟って周囲の視線を独り占めしたい放題だ。


「僕の連れに手を出そうなんて137億年早いですよ。何なら生まれて来たこと後悔するくらい痛めつけてやりましょうか」

「ぐああっ!や、やめ…っ」


笑顔のままおじさんの腕を捻り上げるアレンは非常に楽しそうである。紳士っぷりを崩さないその姿勢には感服するが、あれは絶対素で楽しんでる。「僕の連れ」云々とか絶対関係ない。

そうしておじさんの腕があと一歩で人間としてあり得ない感じになりますと言ったところで主催者のご老人が飛んできた。
どうやら老人に積年の恨みを持つ落ちぶれた貴族の末裔だそうで、まあその詳細は物凄く下らなかったの割愛させて頂くが悪しからず。

そんなこんなでアレンの活躍(?)で見事お縄になったおじさんが警備の人たちに連れられていく。配慮が足りなかったとひたすら頭を下げられ私は大慌て、賊を仕留めたということで大騒ぎを引き起こしたにも関わらずアレンの株は急上昇だった。



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